嵐が今日も遣って来た…。

「チョットっ!」

ガッ!勢いよく部屋の扉が開かれ、いつもの様に"嵐"が遣って来た。

嵐は過ぎ去るのをただ待っていれば良い。抗ったところで被害は増大するばかりだ。其んなことは分かってはいるのだけれど、なかなか思った通りに出来ないのは、其の嵐との"関係性"に拠る処が大きい。

私は耳にしていた密閉型の大型ヘッドフォンを頭から外し首へと掛けると、マウスに手を遣ってパソコンの音楽再生アプリの一時停止ボタンをクリックした。

「ちゃんと入って来る時はノックしてよネ…。いつも騒がしい…」

「ノックなンかしたって、返事なンてしやしないじゃない!ヘッドフォンしてるから聞こえないでしょ…どうせ!」

「煩いからヘッドフォンして聴けって言ったのはアンタじゃない?」

「お姉ちゃんが爆音で音楽掛けるからでしょっ!煩くて勉強出来ないじゃない!」

「ハイハイ…。其うでしたネ…。ごめんなさい」

「ナニ、其の言い方っ!?」

「だから迷惑掛からない様にヘッドフォンで聴いてるンでしょ…。煩いのはアンタじゃない…いつもいつも。もう少しドアは静かに開け閉め出来ないの?」

「だから~っ!ノックなンかしたって、聞いてやしないでしょっ!?」

いつだって堂々巡りだ…。

「今日はアンタと言い合いする気分じゃないの…。そっとしておいてくれる…」


今日は…今日くらいは、そってしておいてくれると嬉しいのだが、"嵐"はいつだってコントロール不能だ


「ナニ其の言い方っ!?ムカつくっ!」

ほら、また壊れたレコードみたいに同じセリフの繰り返し…。

正直言って、しんどい…。何故そっとしておいてくれないのだろう…。お願い…。好きな男に「もう俺に関わらないでくれ」等と言われた日くらいは、そっとしておいて欲しい。優しい言葉を掛けてくれとは言わない。ただそっとしておいてくれさえすればいいのに…。

「ムカつくのはコッチよ…」私は力なく呟いた…。


何時から此んな風になってしまったのだろう…。小さい頃は何かあればすぐに「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」と後ろにずっとついてばかり居たのに…。いつも笑って居たのに…。


***


何時からこんな風に言い合ってばかりになっちゃったンだろう?昔は喧嘩なンかしたこともなかったのに…。何時だって私は、お姉ちゃんを追いかけて居た筈なのに…。


そうだ…。此のヒトが髪を紫に染めた頃からだ…。


「其のイカれた髪の色、ナンとかしてヨ!?近所で噂になってるって言ってるでしょ?!」

「近所の噂なンて、誰が何処で誰に言ってるのを聞いたのヨ?アンタが勝手に言っているだけでしょ?」

「みんな言ってるわヨ!」

「みんなって誰?誰と誰が誰に言っているのヨ?アンタが言われたワケでもないンでしょう?いちいちアンタが気にするコトなンてないじゃない?」

「自分のしたいコトして…いつだって自由でいいわよネ…お姉ちゃんは!」

「ワタシの髪の色だもん…自由でしょ?中学生じゃあるまいし…。其んな校則はないのヨ…大学には」


「?!」


***


妹の顔が一瞬にして引き攣った…。あ、失敗…。うっかりした…。高校三年生の妹に取って"受験"絡みは全て禁句だ…。「悪いケド、お願いネ…」とお母さんにも言われていた。どれだけ"姫"扱いなのだろう…。私の時には、お母さん自らが連呼していた禁句たち。"滑る・落ちる"は日常茶飯事だったのに。其処が私と妹の違い。妹はナイーブ過ぎる。繊細過ぎるから、少しくらい免疫をつけた方が好いのに…。もっと物事をいい加減に考えた方が楽なのに。


『どんな場所どんな時でも、自分の言葉とスタイルを自信を持ってやるべきだ。それがパンクだ』


私の好きなミュージシャンの言った言葉だ。

いつも此の言葉を妹に言ってやりたくなるのだけれど、今の彼女には逆効果なのだろう。


自分のしたいことをただやりたい様にやってみれば好いだけなのに…。其れで失敗したのなら…駄目だったのなら、仕方ない。また次に進むしかないのだ…。あれ?私…いつの間にか自分に言ってない?


私は失言を誤魔化す様に言った。

「ところで、何の用なのヨ?ナンか用があったから来たンでしょ?」


***


あれ?私…何でお姉ちゃんの部屋に来たンだっけ?

何だか凄くイライラとして…誰かに何かをぶつけたくて…。

ただ其れだけで、此の部屋に来たンだ私…。私…今更だけど酷くない?

私は誤魔化して言った。

「だから、其の髪の色…常識的な色にしなさいヨ!?」


***


「常識って何?」

よっぽど言ってやりたかったけれど、私はぐっと堪えた。

此れ以上、今日の私には"嵐"と向き合う気力はない…。


「姉の髪が紫だなンて彼方此方で言われるのっ!いい迷惑なのヨ!」

其う捨て台詞を口にして"嵐"は来た時と同様バタン!と扉を閉めて出て行った。どうやら今日はもう、あれで気が済んだ様だ…。


次の嵐が再び遣って来る迄には、然程日にちを必要としないだろう…。

私はヘッドフォンを首から頭へと戻し、一時停止させていたアプリの再生ボタンをクリックした。再びヘッドフォンに早いビートのパンクが流れ始めた…。



-了-

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