第29話


《要》


 俺は、尊敬だけで付き合ってるわけじゃない。

 長い時間を一緒にするなかで、かわいいと思う瞬間も、触れたいって思う瞬間もある。嫌だなって思う瞬間もあるけど、それは誰だって同じはずだ。

 ちょっと嫌なところがあるからって、喧嘩はしない。あの空気は嫌いだし、笑っていたいし、笑っていて欲しいし。

 だから嫌いになったことなんてないし、好きじゃないなんて。そんなこと、あるわけない。

 別れたいなんて、俺は思ったことない。

 だけど、相手が別れを望むなら、俺は。




 土曜日のおしゃれなカフェ。久しぶりのカノジョとのデートで、カノジョは神妙な面持ちになった。


「私、別れたいの」

「なんで? 俺、なにか悪いことした?」


 運ばれてきたコーヒーに砂糖を溶かしながら、聞いた。気まずさを、少しでもまぎらわせたかった。


「要くん、私のこと好き?」

「好きだよ」


 苦笑するカノジョに、俺も苦笑した。尊敬してるから付き合った。好きだから、別れなかった。


「うん。やっぱり違うや。ごめん」


 別れを望まれるなら、仕方ない。俺は、分かったと答えるだけだ。

 泣くカノジョの背中を擦ることもできずに、カノジョがさよならと席を立つのを待った。





「要先輩!」


 月曜日の朝。呼び止められて振りかえる。

 髪を2つに結んだ、小柄な少女がそこにいた。


「私と付き合ってください!」

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