神の名のもとに

麒麟燐

第一章 人生開幕編

『第一部』 第一話 出逢い



「んふーー!」



 鼻息荒く、玄関先で目を輝かせる桃髪の美少女。

 日本人とも外国人とも取れない顔立ち。

 ちょこんと飛び出た癖毛。

 ほぼ手ぶらな状態で玄関を見つめ深呼吸。そしてそっとインターホンを鳴らす。


「…………」


 現在唯一の住人の家主は学校で授業中、誰も出るはずがない。

 そんなことも知らず、また考えずじっと待つ事2分。


「うーん、勝手に入っちゃっていいかなー?」


 応答が無いことに困惑する少女。

 癖毛をふにゃっと曲げて頭もちょいと傾ける。

「……いいよね! うん、悠くんなら許してくれる!」

 根拠もなくそう言い切り、時間帯的に人気のない住宅街の中ごそごそとポケットを弄る。


「じゃじゃん! 悠くんがくれたレアアイテム」


 手を掲げ一人で虚しく楽しく胸を躍らせる。

 手の中に握るそれは使い古された鍵のようだ。

 空き巣のような気分で堂々と鍵を開ける。

 上側の鍵だけでは開かなかったので、下側の鍵も回すとようやく開いた。

 どうやら、上下ともに閉めるタイプらしい。

「お邪魔しまーす」

 そこそこ張りのある声で叫ぶ。

 が、当然返答はない。


 無人の家、且つ不法侵入。

 立派な犯罪者となっている。


「うーん、悠くん学校なのかな……まあいっか! それより準備準備〜」

 少女は、一度家主の生活を思い浮かべたが、すぐに転換、居候の準備を始めた。



 この頃、家主は、何の事情も知らず、黙って授業中の空を眺めていた。

 波乱の幕開けも、何も、知らずに。




         *****




 少年は1日1日を変わらず等しく過ごしていた。

 今日の授業も終え、そそくさと帰り支度をする彼のもとにクラスメイトの男子が近寄る。

 それに気づきながらも少年――神本悠斗かんもとゆうとは、話すことを拒むように歩き出す。当然のように友人――福田健祉ふくだけんじは悠斗の後に着く。


「悠斗、一緒に帰っていいか?」

「家の方向が途中まで一緒だから断ってもついてくるだろ」

「……そうだな」


 健祉は悠斗の隣に並び校門を潜る。

 陽が傾いていない昼の帰宅路の中、2人の足音は他人の話し声よりも騒がしかった。

 幼馴染みとは思えぬほど無言で歩いていたが、人通りが減ったあたりで健祉が切り出す。


「今年も独りだな、お前は」

「ああ、生憎俺は一匹狼を好むんでね」


 いつも通りの口調であることに安堵しつつ、悠斗の気を確認しながら健祉は尚も続ける。


「もう高2だぞ、この先人との関わり合いも必要になる」

「それは将来の話だ。俺は別に人と話せないわけでもないからな」


 健祉の誘導するような言葉を悠斗は蹴飛ばす。


「人は慣れるとそこから離れにくくなる。お前も孤独生活に慣れ過ぎてるから、そろそろ軌道修正しないと間に合わないぞ」


 別れ道に差し掛かり、健祉も素直な言葉でぶつかるが、悠斗は表情も態度も変えない。

「……お前あっちだろ、じゃあな」

 健祉が向かう方向を指さすと、真逆を向いて歩き出す。

 健祉はその背に声をかけかけて一瞬尻込みする。

「……間に合わないんだぞ」

 先の言葉の終わりの部分を繰り返す。


「考えとく」


 悠斗は振り返らず、後方の健祉に手をあげて返答すると夕日とは反対の方向へ歩いていった。


「……」


 健祉も悠斗も、あまり優れない心境のまま家へと帰った。





 悠斗は鍵を取り出し玄関のロックを開け宅内へと入ると心の中で両親に帰宅報告し自室へと向かう。悠斗は意外と整理をする方で、室内はかなり整頓されており所々に装飾も見られるためやたらと綺麗に見える。

 早々に着替えを終えリビングへと向かう。

 悠斗の家は割と財産が富んでいたらしく家も大きい方であり、LDKに合わせて和室2部屋、洋室2部屋の1階と洋室3部屋とベランダ付きの部屋が1部屋の家に住んでいる。

 当然一緒に住む者もおらず、1人この家で生活している。

 2階の自室から1階のリビングへ移動する際、何やらテレビの音が聞こえてきた。近所の人間が大音量で観ているのだろうか。


 そんなふうに思考しながら居間へ近づくと、音が更に大きくなっていく。

 まさか……まさか……!

 胸騒ぎがしながらも戸を開くと、


 …………。

「あ、悠くんやっと帰ってきた〜。お帰り〜」

 …………。


 謎の少女がテレビを見ながら寛いでいた。

 咄嗟にスマホを取り出し110番にかけようとする。当然の行動に対して少女が慌てる。

「あ〜、ちょっと待っ――ったぁーーー!」

 間抜けにもその時、少女は小指を机の脚にぶつけた。

 見ているだけで痛い光景。

 少女は涙目で蹲りぶつけた右足の小指を押さえる。


 騒々しさと突然のアクシデントにスマホを操作する手が止まる。

「だ、大丈夫か……?」

 流石に心配になる。

 小指をぶつける痛みは誰でも分かるはずだ、そうだろ?

 一歩だけ踏み込んで彼女の様子を上から窺う。

 顔を下げた彼女を上から見下ろすと、当然髪がよく見える。

 唐突な対面で詳しく見なかったが、よく見ると、とても綺麗な艶のある髪だった。

 桃色で外見からもすべすべと分かる。光を少しだけ反射し光沢を見せる所がとても美しい。

「っつーーーー……だいじょぶだいじょぶ」

 微かに浮かべた涙を片手で拭いながら顔を上げた。

 その顔が、なんとも美しく整っていて言葉を失う。

 数秒間容姿端麗な少女に見惚れて口を小さく開けていたがやがて我に帰るとスマホの画面を見た。

 その画面には電話のキーパッドが開かれていた。


「あ〜、待って待って〜」


 悠斗の視線を辿った少女が再び悠斗の行動を静止しようとそんな声を出す。

 その声の出し方が、あざといような……。

「いや、もう警察呼ぶ気は失せたが……救急車か?」

 悠斗は近寄ってくる少女から同じ距離だけ後ろに下がりながらそんな冗談を交える。

「ほっ、よかった……って悠くん病気なの⁉︎」

「あ、やっぱり救急車が必要だな」

「じょ、冗談冗談。ほらスマホは閉まって」

 少女の悪ふざけに悠斗が本気で119番しそうになったので素直に冗談と白状し、スマホを手から離させる。

 その様々な行動の中、やけに少女は悠斗に近寄りたがる。

 無駄に接近してくるのは、恥ずかしさもあるが、正直怖さもある。

 だって出逢い方が不審なのだから。


 いやそれより、肝心な事があるではないか。

 そもそもなぜ家内に入っているのか、やら、なぜ悠斗を悠くんと呼ぶのか、やら、なぜ悠斗を知っているのか、やら。


 それら全てをひっくるめて、

「……なあ、なんで俺のこと知ってんだよ? 俺たちどっかで会ったか?」

 と、尋ねた。

「んん? アレ、能力が……」

 それに対して少女は悠斗に急接近し何かを確認すると驚愕した顔を見せる。


 回答になってない謎の一言に警戒しつつ、再び問う。

「どこかであったか?」

「ゆう……神本悠斗くんだよね? 今日って何年の何月何日?」

 質問に質問で返される。そもそもの質問内容が異常な上、自分の質問に返答しようとしない少女に当然不審感は募る。

「2030年の4月10日だ」

 素直に返答し、相手の言葉を窺うことにする。


「あれ〜、31年だと思ってたのにな〜。ま、いっか、1年早く会えたし! ね?」

「ね? じゃない! 俺の質問に答えろ! 主な質問は3つだ。1つ目、お前は誰だ? 2つ目、どうやって入った? 3つ目、どっかであったか?」

 距離を詰めてニコッと白い歯を見せる少女から一歩引き語気を強めて3度目の質問をした。


「1つ目! ミスティア・エリキャス・スィースター!」

 人差し指を高々と掲げて宣言を始める。


「2つ目! この鍵!」

 中指も立て加え、反対の手からは鍵が出てくる。


「3つ目! ある! 以上!」

 全てを簡潔に返答すると満足げに3本の指を掲げてふすふすと鼻を鳴らす。


 我が家の鍵を持っているようだし、本当に関係者だろうか。と、其の鍵のストラップに目が飛ぶ。

「おい! これ俺のじゃねえか! 没収!」

「あふっ、悠くん近い、なのに悲しい」

 少女から鍵を取り上げると、彼女は桃髪を揺らしてハートブレイクしたような顔でしょんぼりしてみせる。

 全く覚えのない少女に再び同じあだ名で呼ばれ、やはり良い気分にはならない。

 

「って、俺さっきこれで開けて入ってこっちに……ある? なんで2つも……」

 片手に一つずつ鍵をのせ両方を順に見つめる。

 少女の持っていた鍵の方が、悠斗の所持していたものより年季が入っていた。

「それは悠くんがくれたんでしょ〜、って言っても分かんないか。まあこの先わかるよ」

 理解の及ばない説得に無理矢理納得させられる。


「この先……?」

 続く謎発言に顔を顰める。

 正直言って、この少女、全く掴めず、怪しい。

 口にできないような疑問が大量に湧き出てくる。

 ……いや、疑問は口にすべきだ。

「俺たちはいつあった? えっと……エリキャス・みす……さんと」

 名前が長くて噛みかけ、フルネームで呼ぶことを断念する。見事に言いかけた名前も順序が逆だ。

「本当に来る日間違えたのか〜、やっちゃった。うーん、何から話そうか」

 てへっ、と舌を出し可愛さをアピール。可愛いのは認めるが知らない子にされて困るのも事実だ。

 赤面しながらも、悠斗は真剣な姿勢を崩さない。


 そして説明に戸惑う少女への質問を思案する。何故この少女は俺の名を知っているのか、何故少女はここにいるのか、また何故この少女から好意のようなものを感じるのか、などなど、幾らでも浮かび上がった。


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