どうして謝るの?


 「んんっ……ヒロくん……んっ……」


 俺からユキにキスをした。その行為ですら、自分で驚いてしまうのに……俺は理性を失ったように、ひたすらユキの唇に、躊躇なく強引に自分の唇を押し付ける。


 「あっ……んんっ……はぁ……んむっ」


 ユキのことなんて一切考えないで、強引にユキの唇を貪って。


 「んっ……んんっ……んむっ……ヒロ……くん……」


 ユキとは違って下手くそなキスをし続けて。


 「んんっ……ちゅ……ちゅぅ……んっ」


 ユキを抱きしめて、離れないようずっと。


 「ちゅ……んっ……んんっ……ヒロくん……ちゅ、ちゅぅ……」


 ただひたすら無言でキスをし続ける。頭がおかしくなっている俺は、もう誰に見られたって構わないと思っている。俺ら以外に誰もいない公園だけど、もし仮に人通りの多い場所でも……俺はこうしていたかもしれない。


 「んんっ……ヒロくん……ヒロくん……んんっ」


 ユキはキスの最中なんでも俺の名前を呼んでくれた。抵抗することもなく、ずっと俺のキスを受け入れてくれている。それが嬉しくて、俺は……もっと、もっとキスをし続けて……。


 「ちゅ……ヒロくん……んんっ……」


 俺、自分ではそれなりにしっかりした人間だと思ってた。部活を頑張って夢に向かって努力して。それに誰かの頼りになれる存在であり続けたかった。かっこ悪い姿も見せたくなかった。特に、ユキには。


 でも今の俺はどうだ? ユキの優しさに漬け込んで、自分の衝動のままユキとキスをし続けて……。


 ああ、俺って……こんなに崩れてしまうぐらい、脆かったんだな。


 「んんっ……れろれろっ……んんっ……」


 ……だけど、こうしてキスに夢中になってしまうのは、それだけじゃないんだろう。数年間かけて、思いを断ち切ったと思っていた。もう二度と、抱かないと思っていた。でも、結局。


 「……んんっ……ちゅ」


 俺は、ユキが今でも好きなんだ。どんなに誤魔化したって、もっともな理由をつけたってしても、想いは心の奥底にあるんだ。だからこうして、ひたすらキスをし続けているんだろう。


 「……はぁ……はぁ……」


 気づけば、太陽は見えず月が美しく輝いて、街灯の光が公園を照らしていた。長い間キスをし続けてしまったんだろう。それも、ユキの合意を取らずに。冷静さをようやく取り戻した俺は、そのことに気づいて……体が震えだす。


 「ご、ごめんユキ……こ、こんなこと……無理やりして」


 俺は頭を下げて謝った。いくら頭を下げて謝ったって謝りきれない。だって俺はユキの優しさに甘えて、無理やりキスして……。こんなの、許されるようなことじゃ……。


 「……どうして謝るの?」


 「……え?」


 思いがけないユキの返答に、俺は顔を上げた。火照ったユキの顔は……なんだか、とても嬉しそうで……ユキは俺の頰を手のひらで触れながら、ニコッと笑って……。


 「私、嬉しかったよ。キスは気持ちよかったし……それに、ヒロくんが、初めて私を頼ってくれたから」


 「ゆ、ユキ……」


 「……もっと、しよ…………」


 今度はユキが俺を抱きしめて、キスをしようとした。だけど、その時ちょうど雨が降り出して……俺たちは、公園にいられなくなる。


 「……雨宿り、しないとね。ヒロくん……こっち」


 ユキは細い手で俺の手を引っ張って、どこかに連れて行く。どこか行くあてがあるのだろうか。ユキは迷うことなくスタスタと歩いて、俺はそれについて行く。するとそこは……。


 「……ここ、入ろ?」


 「…………は?」


 思わず、俺は驚きを隠せずに声に出してしまう。だってそこは……男女が行為をするためのホテルだったから。


 「な、何を言ってるんだユキ……こ、ここじゃなくても別に……」


 「……ここなら、さっきの続き……いっぱいできるよ? ヒロくん……本当に、あれで満足? 私は……もっとしたい」


 俺の手を握って、ユキは物欲しそうな表情で俺にそう言う。俺はそれから目をそらすしかなかった。だって……じっと見つめてしまったら、俺はユキの提案を拒めないかもしれなかったから。


 「……今日は、お互いに制服じゃないから……バレないよ?」


 ユキは誘いをやめない。……確かに、制服を着ていないから高校生だってバレないかもしれない。だけど……このままユキに誘われるがままここに入ってしまったら……。


 俺たちはもう、絶対にキスだけじゃ済まない。


 「…………ダメだ」


 俺は逸らしていたユキの目を見て、なんとか言葉を出す。


 「……俺は、ユキと……真っ当な関係で……いたい。今更かもしれないけど……ここに入ったら、本当に後戻りできないと思うから……」


 本当に、今更だ。だけどユキと、恋人でもないのに一線を超えてしまったら……それこそ本当に、俺たちの関係は破綻する。


 真っ当な恋愛をしてきたなら、いいのかもしれない。だけどこれ以上ユキに溺れてしまったら……猛烈に、嫌な予感がする。具体的に、どうなるかは説明できない。だけど……これ以上堕ちるのは……。


 「……そう、だよね」


 ユキは俺の手を話す。そして落ち着いた表情になって、こう言った。


 「私たち……ただの幼馴染だもんね。……ごめんね、また……迷惑かけちゃって。……雨も小雨になったし、帰ろっか。駅、こっちだよ」


 改めて手を引っ張ることはなく、ユキは先に歩いて俺を駅まで案内する。俺は安堵した、一線を越えることなく済んだことを。ユキにこれ以上迷惑をかけることがなくて。


 だけど。


 俺の心の奥底は、こうも思っていた。


 ここで、ユキが俺と付き合ってくれたら……良かったのにって。そしたら、もっと……出来たのにって。


  ――――――――――――


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