一晩過ごすだけ、それだけの話


 「……な、なんで急に」


 ユキが家に帰りたくないと言って、俺は思わず動揺してしまう。俺には全くその気は無かったし、キスをしたらユキはすぐに帰るつもりだと思っていたから。


 「……一緒に居たいからだよ。それだけ……じゃだめ?」


 「いや、ダメっていうか……」


 親と気まづいことになっているだとかなら、幼馴染として泊める理由にもなったかもしれない。だけどただ一緒に居たいだけ、それじゃあ……まるで恋人じゃないか。でも俺たちはそんな関係じゃない、ユキが……そうなれないって言ったのに。


 「……うちには空部屋もないから、ユキを泊めることはできないよ」


 だから、俺はもっともらしいことを言ってそれを拒む。こうすれば、ユキは引き下がってくれると思ったから。だけど……。


 「……私、ヒロくんの部屋の床で十分だよ。ヒロくんと一緒に居られるなら……どこでもいいよ」


 ユキは、一切引き下がることなく俺と一緒に一晩過ごすことを要求してくる。その目は恥ずかしそうにしながらも真剣で……俺の方が諦めてしまいそうだった。ユキが俺のことをここまで欲してくれているのに、それを拒むなんて……俺には、俺には……。


 「………………わかった」


 できない。どうやら俺はとことん、ユキに甘いらしい。……そもそも、こんな不思議な約束をずっと続けてしまうぐらいだから。


 「……ありがとう。じゃあ……お母さんに連絡するね……」


 それからユキは自分の両親に泊まることを連絡し、俺の両親にも泊まることを伝えた。正直、ここで拒んでくれればよかった。だけど両親共々俺らのことはまだまだ子供だと思っているのか……あっけなくそれを承諾して。


 俺はユキと同じ屋根の下、同じ部屋で……一晩過ごすことになってしまった。


 「……え?」


 それが決まると、ユキは俺の家の風呂に入ったのだが……どういうわけか、着替えを持ってきていて、風呂から出たら寝巻きに着替えていた。


 「ど、どうしたのヒロくん?」


 「い、いや……なんで寝巻き持ってきてるのか気になって。いつ取りに行ったの?」


 「あ、えっとね……図書室でヒロくんを待ってる時間に、一旦家に帰って……取りに行ったの」


 ……まぁ、学校から家まで結構近いから可能か。それにしたって……元々泊まる気があったってことか。……本当に、ユキはわからない。


 それにしたってユキのお風呂上がりの姿なんて……もう何年振りだか。幼稚園の頃はたまに一緒に入っていたけど……もう、その記憶もおぼろげで。今のユキは、濡れた髪がなんだか妖艶な雰囲気を醸し出していて……火照っている顔も、とても可愛い。


 「ヒロくん、ジロジロ見てる」


 「え!? そ、そんなこと……」


 どうやら無意識に俺はユキを見続けていたようで。ユキがニコッと笑いながら俺をからかうように言う。


 「……もっと、見ていいよ。今日は……ヒロくんだけの、私……だから」


 「……!? い、いや……いい」


 そしてユキが俺に近づいてそんなことを言ってくるので、俺は平然を保つので精一杯だった。何かの間違いが起きたらダメなんだ、一晩過ごすだけ、それだけに納めないと……。


 「そ、それよりもさ。テストぼちぼち帰ってきてるけど、ユキはどうだった

?」


 だから俺は必死に話をそらす。このままユキのペースに持って行かれたら、きっとろくなことにならないと思ったから。


 「テスト? ……な、なんとか大丈夫そうだよ。林原さんに教えてもらったところもできたし」


 「よかった、俺も紫に教えてもらったところよくできたよ。ほんと、紫様様だ」


 「……うん。……ねえヒロくん。林原さん……最近変だと……思わない?」


 「え?」


 紫が最近変? 確かに、この前元気が無くて部活を休んだ日もあったけど……最近はまた元気になってきてる気がするから、大丈夫だと思ってたけど。ユキは、不安気な顔で俺にそう言う。


 「さ、最近ね……わ、私の気のせいかもしれないんだけど……なんだか、話してて……前より冷たくなった気がして……」


 「そ、そうなの?」


 あの人当たりがいい紫が? ユキに? ……こればっかりは、二人の会話を全部聞いているわけじゃないからわからない。……明日、さりげなく聞いてみるしかないか。


 「そ、それにね……さ、最近……なんだか、こそこそしてる時があって……」


 「こそこそ?」


 「う、うん。……なんだか、隠し事してるみたい……なの」


 「……か、隠し事……」


 ふと、写真のことが浮かび上がってしまう。だけど……まさか、な。そうだ、他に何か問題ごとがあってそっちの問題に取り組んでいるに違いない。だって紫とは何かと一緒に行動してるし……そ、それに……友達だから。


 「わ、私の気のせいかもしれないから……わからないけど。ご、ごめんねヒロくん、混乱させちゃって」


 「いや、ユキが謝ることないよ。……ちょっと水飲んでくる」


 気晴らしにもならないけど、落ち着くためにも俺は水を飲みに行こうとする。するとユキが


 「あ、それなら……これ。美味しいお茶だよ」


 俺に水筒を渡してくれた。


 「え、でも……」


 「ま、まだ飲んでないから……間接キスにも……ならないよ。ほ、本当に美味しいから……いっぱい飲んで欲しいな」


 「……ならもらうよ。ありがとユキ」


 毎日キスしているのに、どうにも間接キスは気になってしまう。でもユキはそれを察してくれたみたいで、俺にそう言ってくれた。まぁならもらうかと思って、俺はそのお茶を飲む。……ああ、確かに美味しいなこれ。


 「ぜ、全部飲んでいいよ。ヒロくんにあげるために……持ってきたから」


 「ほんと? じゃあいただくね」


 「う、うん……ふふっ」


 つい美味しかったので俺はユキに全部飲んでいいと言われて、あっという間に飲みきってしまった。……あれ、なんだか…………。


 「……ごめんユキ、先に……寝ていい?」


 「うん、いいよ。ヒロくんそんなに疲れてたんだね……」


 自分でも驚いている。まさか急に眠気がくるぐらい疲れていたとは。……最近、部活や写真のことであれこれ考えていて……眠れなかった……からか?


 「……おやすみ、ユキ」


 俺はベットに横になって、ユキにそう言って……瞼を閉じる。あっという間に意識は暗闇の中に放り込まれて、俺はこの先のことを知らない。


 「……ふふっ」


 「これで……一晩中一緒に……」


 「キス……それ以上のことも……」


 「できる……ね」


 そう、何も知らない。俺とユキはこの日、一晩過ごしただけ、それだけの話だから。


 ――――――――――――


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