第9話 休日のスペシャリスト

 休日。


 それは、仕事や学校から離れて、溜まりに溜まった疲労を回復させる為の時間。


 しかし、多くの若者達は、誰に言われたという訳でもないのに、わざわざ事前に友人や恋人と出掛ける約束を取り付けて、心と体に負荷を与えてむしろ疲労をさらに増幅させて、折角の休日を台無しにしてしまう。


 さらに、彼・彼女達は、周りの目が気になって仕方が無いので、いかに自分が休日をエンジョイしているかという事をアピールするのに必死になって、SNSに振り回されるのである。


 他者の評価の操り人形である所の彼・彼女達には、フォロワーやいいねの数が大事なのである。


 そんな彼・彼女達に、心と体を休める暇などあろうはずもないのは、当然の帰結である。


 その点、僕は、休日は心と体を休める事に全力投球。全ての力を注ぎ込む。


 六千年の人間生活で分かった事、それは、他人に振り回される人生の果てに待っているものは、どうしようもない程に大きな後悔とそれに伴う絶望なのである。


 一歩外へ踏み出せば、たちまち社会的生き物として、他者の目を気にせずにはいられない現代社会。


 そこでは情報が渦巻いていて、疲労を回復させる余地はない。


 たまの休日。気心の知れた友人と温泉へ行って心も体もリフレッシュ。


 思考停止した凡人バカ共は、そんな戯言ざれごとのたまう。


 だけれど良く考えてみてくれ。


 どれ程気心が知れていようが、完全に気を遣わない事などあり得るか?


 もし君が完全に気を遣わないでいられるのであれば、それは友人が気を遣っているという事と同義である。


 誰かのリフレッシュは、必ず誰かのストレスの上に成り立っている。


 だから、休日にお出掛けなんてナンセンスな事はやめた方がいい。


 特に、お出掛けが楽しくて、ワクワクしてしまっているのなら尚更、君は知らず知らずの内に誰かの心に大きな負荷を掛けているという事であるのだから、お出掛けなんて、直ぐ様にやめるべきである。


 休日は、ベッドから起き上がらずに、ただひたすらに惰眠だみんを謳歌するのが、賢い人間のやり方なのである。


 よ〜し、それじゃあ、もう一眠りするか。


 ピーンポーン。


 チッ。うるせぇなぁ。


 目を閉じた所で、インターフォンの呼び出し音が鳴る。


 日曜日の朝っぱらから一体誰であろうか?


 まぁ、僕には関係ない。


 例え雨が降ろうが、槍が降ろうが、僕は惰眠を謳歌する。


 ピーンポーン。


 母さんはいないのであろうか?


 ならば、訪問者には悪いが、居留守を使わせて頂くとしよう。


 悪く思わないでくれ。


 だって、僕は今とっても忙しいのだ。


 なぜならば、休日の僕のスケジュールは朝から晩まで惰眠でパンパンに埋め尽くされているのだから。


 日曜日の朝っぱらからインターフォンを鳴らす様な常識の欠如した精神異常者の相手をしている時間など、僕には1秒だって無いのである。


 ピーンポーン。


 チッ。何だコイツ?


 日曜日の朝から何度も何度も呼び鈴を鳴らしやがって、2回鳴らして出なかったなら諦めろよ。そもそも、アポも取らずにいきなり人の家に突撃してくるなんて、とても高等知能を有する人類の取る行動とは思えない。


 そうか。畜生どうぶつの仕業か?


 野良猫か、野良犬か、はたまた狸か?


 いずれにせよ、放っておけばその内鳴り止むだろう。


 ピーンポーン。


 なぁ〜にぃ〜、もぉ〜。

 うぅ〜んわぁっ、ダルっ!!


 えっ?何コレ?


 いつまで続くの?


 ピーンポーン。


 嘘でしょ?

 どういうメンタルしてるの?


 ピーンポーン。


 ダルいダルいダルい。マジかよ。

 コイツ本物の奴だ。


 何かもう逆に、どんな奴がインターフォン鳴らしてるのか気になって来た。


 ハァァ〜。


 貴重な惰眠を中断するのは不本意だけれど、仕方が無い。立ち上がるか。


 あぁ〜。億劫おっくうだ。


 それにしても、休日にベッドの中でゴロゴロしている僕を立ち上がらせるとは、誰だか知らないが、中々見込みのある奴だ。


 きっと歴史に名を残す様な大事を成し遂げるに違いない。


 今、僕が、ベッドから立ち上がった事。それは時代が動いたという事と同義である。


 起きぬなら 鳴らしてみよう インターフォン


 その時確かに、インターフォンの呼び出し音のその先に、時代の動く音が聞こえた。


 階段を降りてインターフォンのモニターを確認すると、そこには如何にもモブキャラというていの小僧が映し出されていた。


 何だコイツは?


 こんなモブキャラ風情が僕の惰眠を妨げたのか?


 事と次第によっては、消すぞ。


 僕は六千年分の記憶の中から、ありとあらゆる暗殺術と、死体を瞬く間に消し去る術を引っ張り出すと、モニター越しに、小僧に話しかけた。


 『何だお前は?』


 『オレだよオレ。オレオレェ〜』


 顔を晒して特殊オレオレ詐欺をするなんて、よっぽどのバカかそうでなければ、きっと頭がダメになってしまったのであろう。


 可哀想に。


 『何の用件だか知らないが、あいにく僕は今とっても忙しいものでね。悪いが、お引き取り願おうか?』


 インターフォンのモニターを消して部屋へ向かおうと階段に足をかけた所で、


 ピーンポーンと、またしても僕の家にインターフォンの呼び出し音が鳴り響く。


 えっ?何?どういう事?


 奴の目的は何なのだ?

 

 仏の顔も3度まで、禅の修行によって解脱げだつに至ったこの僕でも、流石に堪忍袋の緒が切れるぞ。


 もう一度、インターフォンのモニターを確認すると、そこにはまたしても、先程の小僧が映し出されている。


 コイツ、マジなのか?


 『何なんだ?僕に何の用だ?』


 『うん。まぁ、インターフォン越しに言うのもなんだから、ちょっと俺と外を歩かないかい?』


 何なんだコイツは?


 僕は忙しいと言っているではないか?


 モブキャラ風情が僕の惰眠を妨げて良い道理はこの世界に存在しない。


 よし。コイツ消そう。


 目障りな羽虫は潰してしまうのが一番良いのだ。ストレスを溜めるのは体に良くない。


 『分かった。今行くから、ちょっと待っていてくれ』


 僕は赤いパーカーを羽織ると、荷物も持たずに家を飛び出した。


 今日の天気は、僕の心とは裏腹に、清々しいまでの日本晴れ。


 晴れ渡る空の下。昼行灯ひるあんどんな顔つきで佇む小僧は、僕の姿を確認するや否や、


 『オレだよ。オレ。オレオレェ〜』


 と、まさかの対面での特殊オレオレ詐欺の犯行に及ぶという暴挙に出た。


 コイツは、僕の想像したよりも数倍いっちゃってる。


 いつか、時代に名を残す様なセンセーショナルな事件を起こすに違いない。やはり、今ここで消しておくべきか?


 『僕はお前の様な昼行灯は知らん。さっさと消えろ。消えないのなら、消すぞ』


 そうだな、この距離ならば、3秒もあればパーカーのポケットの中に忍ばせたナイフで頚椎の神経を切断して即死させる事が可能だ。


 死体は知り合いの業者に頼んで、アルカリ加水分解してもらい、残った骨の残骸は、そこら辺の畜生どうぶつにでも食わせれば良いだろう。


 人間を一人消すなんて、とても簡単な事なのだ。


 もしも、あなたの周りに気に食わない奴がいるのなら、迷わず消してしまう事をお勧めする。


 とにかく僕は、コイツを消す。


 恨むなら、自分の愚かさを恨め。


 僕の惰眠を邪魔するお前の行動は、万死に値する。


 『はぁ〜。ひどいなぁ。俺は山中だよ。君のおかげで人生が百八十度変わって、今とってもハッピーなんだ。だから今日は、そのお礼をしに来たんだよ』


 ヤマナカ?


 はて?どこかで聞いた様な響きだ。

 

 言葉の響きから推測するに、畜生どうぶつの類だとは思われるが、奴は極めて人間に近い。


 高い知能を有する霊長類の類だろうか?


 言われてみれば、チンパンジーに見えなくもない。


 なぁんだ。そういう事か。


 道理で、人間とは思えない行動ばかり取ると思ったら、何て事はない。奴は、人間で無かったのだ。


 まぁ、奴がチンパンジーだったとしても、頚椎の神経を断ち斬れば、奴の命はあっという間に終わる。めでたく僕のストレスの種はこの世界から消えて無くなるという訳だ。


 僕がポケットのナイフのに手を掛けた、まさにその瞬間とき


 『ありがとう』


 と、ヤマナカが感謝の言葉を吐き出した。


 悪くない。


 畜生にしては、ありがとうという言葉を上手に吐くではないか。


 いや、畜生だからこそ、こんなにも純粋な【ありがとう】を吐けたのかもしれない。


 なんだか興が削がれたので、ヤマナカの頚椎を断ち斬るのはやめにした。


 やはり、出来る事ならば、極力殺生はしたく無いのである。


 『俺は今、君のおかげで生きるのがとても楽しいんだ。君がTikTokにアップした俺の動画がバズった後で、俺は自分のTikTokチャンネルを開設した。表現する事がこんなに楽しかったなんて、知らなかった。俺は今、心の底から生を実感しているんだ』


 ヤマナカは、相変わらずの昼行灯の表情で日本晴れの空を見上げる。


 【ありがとう】の言えるチンパンジー、ヤマナカ。


 彼の【ありがとう】を聞いたなら、彼のTikTokチャンネルがバズるのも納得だ。


 そうか、時代の変化は更に加速して、いよいよチンパンジーがTikTokチャンネルを開設する日がやって来たのか。


 令和って凄い時代だ。


 『何だか良く分からないけれど、まぁ、楽しく生きられているのであれば、良いんじゃないか?』


 『うん。君のおかげだ。本当に、ありがとう』


 深々と頭を下げるヤマナカの頚椎を眺めていると、その神経を断ち斬りたいという衝動にかられるが、僕はそれをじっと我慢した。


 生きる喜びを知ったヤマナカという名のチンパンジーが、これからどの様な道を歩んでいくのか?


 不覚にも僕は、たまには日本晴れの空の下に佇む休日も悪くないな、等と柄にもない事を思ってしまった。


 『じゃあ、またな』


 そう言って、僕の元を去るヤマナカの背中を眺めながら、気がつけば、僕は彼のさいわいを願っていた。


 今日も僕の休日は、驚きと感動で満ち溢れている。


 

 

 

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