おまけ_第1話 マリア・ヘリオドール1

 私は木刀を抜き、切っ先を相手に向けた。

 相手は、真剣だ。東の国の刀と言うやつだ。まあ、転生前の知議で知っているのだけど。

 妖刀の類だろう……。日本刀の作りを思わせるが、禍々しい光を放っている。

 正直、気持ち悪い作りだ。芸術品としての価値はないであろう。

 それと、鎧武者装備である。完全武装とか卑怯じゃないですかね。

 こちらは、薄着のドレスにハイヒール、それと木刀だというのに……。


 互いの剣先を突き合わせてから、張り詰めた空気が会場を支配している。


「始め!」


 立会人の合図で試合が始まる。まあ、私だけ『死合』になるのだが……。


「きえええぇぇぇ~」


 耳障りな咆哮を上げて、相手が間合いを潰して来た。

 遅い……。正直、遅すぎる。

 レベルをカンストさせてからというもの、技を磨いて来たのだが、もうこの時点で雑魚認定である。


 ・ヘリオドール流剣技 壱の太刀 閃光


 音速を超えるスピードでの足さばきと剣劇。

 相手には、私の姿すら認識出来ていないであろう。

 相手の剣が振り終わる前に、私は相手の真後ろまで移動していた。


 ──────────パキーン、バキ・バキ・バキ・バキ・バキ、ドサ


 真剣が折れる音がした。

 その後、篭手や防具が壊れる音……。そして、相手が地面に倒れ伏した……。

 振り向かなくても分かるが、私は振り返り、相手に向けて剣を構えた。

 これは、礼儀であり作法でもある。私は油断していないと、立会人に証明しなければならないのだ。

 立会人が頷いた。


「勝者! マリア・ヘリオドール!!」


 大歓声が上がる。


「ふう~」


 力が抜けたと言うより、ため息が出た。


「おいおい、千人切り達成かよ!」


 この世界の住人は、いちいち下ネタ入れないと気が済まないのであろうか?

 まあ、突っ込まないけど。


「相手は、東の国の剣豪だろう? しかも真剣を木刀で切断するなんて、どんな技量だよ!」


 私が、真剣で打ち込んでいたら、死者が千人出ていましたよ?

 剣豪だろうが何だろうが、もう相手にならないのだ。

 その後、対戦相手が医務室に運ばれる。


 私は、木刀を腰に差して、その場を後にした。

 一年前に新設された決闘場は、私の名前を連呼している。


「マ・リ・ア! マ・リ・ア! マ・リ・ア!」


「……コンサートかよ。アンコールは、ねぇんだよ」


 独り言を呟き、私は何時もの部屋に向かった。決闘場に併設された控室である。





 ソファーに座り、ダラける。正直、他人には見せられない格好だ。今の私は貴族なのだし。


「……何でこんなことをしているのだろう」


 本音が零れた。

 昔を思い返す。その時、私は全寮制の学校に通っていた。


「ええ!? エヴィお兄さまが、大怪我を負ったですって?」


 私には、二人の兄がいる。下の兄が大怪我を負ったと連絡を受けて、王都に向かう馬車の中でのことであった。


「ああ、神様……。どうか、どうか……。う……、あれ?」


 ズキンと酷い頭痛に襲われたと思ったら、前世の記憶を取り戻したのだ。


『なにこの若い体……。小学生じゃん?』


 自分の手足を見て、混乱してしまった。

 どうやらお姫様に転生したらしく行動は全て指示してくれるので、表情だけ保っていればその場は切り抜けられた……。


 二人分の記憶が重なっている。

 前世の私は、OLであった。

 ただし、性格が良くない。世間一般的には、腐女子に分類される人間であっただろう。

 BLが大好物である。同じ腐女子仲間で、定期的に連絡会と評して、集めたBL本の評価を行うのが趣味の人間であった。


「確か、前世の最後の記憶は、夜中にビールを飲みながらラノベの新着投稿を読んでいたのだよな……」


 インドア派であった私の日課は、無料投稿サイトのラノベの冒頭部分を読むことであった。20時から0時までひたすら読書である。フォローやブックマークを行い、本当に気に入った作品に評価を入れて、感想を書く。

 知らない人から見れば、なんと無駄な時間を過ごしているのかと思われるのであろう。

 だが、顔の見えない相手とは言え、交流が持てるのは楽しかった。

 自分で作品を作ろうとは、思わなかったが。

 せめて、短編でも書いていれば、『趣味は小説です』と言えたのだが……。


「寝ゲロかな~……」


 前世の苦い記憶を思い返す。

 その時は、奇跡的に出来た彼氏のアパートでディナーを楽しんでいた。

 その後のことに期待が膨らみ、私はアルコールを浴びるように飲んでいた。上機嫌も良いとこである。

 そして、気が付いたら病院であった……。服はとても汚れており、匂っていた。


 ・急性アルコール中毒


 元彼氏に平謝りをしたのだが、 ……その日の内に、別れることになった。捨てられたのだ。

 何を話していたのかも思い出せないが、私の本性が出てしまったのだろう。

 そして、愛想をつかされた……と。

 せめて……、せめて一回は関係が欲しかった。


 落胆する私を慰めてくれたのが、腐女子の友人であった。気が付いたら腐の道へ……。

 その後、トラウマとなり泥沼から抜け出せない人生が続いた。


「何時か、ありのままの私を受け入れてくれる人がいる……。そう思っていたけど、現れなかったな~」


 話を元に戻そう。

 馬車の中で混乱する私であったが、両親に連れられて下の兄との面会となった。

 全身包帯でミイラ状態であったが、美しい髪が見えた。

 燃えるような、紅い髪……。

 父親は、もう毛がほとんどない。剃らないスキンヘッドだ。眉毛はあるけど。

 母親は、金髪だ。

 上の兄は、落ち着いた紅い色の髪……。

 そして私は、ピンクの髪の貴族令嬢……。


『え? ロードクロサイト学園のヘリオドール侯爵家? 私は、妹役?』


 腐女子仲間の間で話題になったゲームのNPCキャラ……。それを、あの紅い髪が思い出させてくれた。

 ゲームは、同じ舞台で三種類発売されていた。

 ギャルゲーの1st、乙女ゲーの2ndと3rd。

 私は、話を合わせるため、2ndのみをダウンロードしてストーリーを進めた。

 1stは論外であり、3rdは評判が悪かったからだ。

 ただし、攻略サイトを見て、メインストーリーのみ楽しむスタイルだ。

 私はゲーマーではないので、バッドエンドなど見たくもない。ストーリー中毒の友人は、全ルートを暗記していた。

 好きな人には、好きなのだろうな。


『でも、ゲームの中への転生? しかもNPCっていうかモブってなに? 悪役令嬢って奴?』


 その時の私は、混乱の最中にあった。ありえない表情をしていただろう。

 そして、ありえない人物と出会った。


『なんで2ndの主人公が、モブのメイドなんだよ!?』


 突っ込み属性の私が、そこで声を出さなかったのは奇跡だったと思う。いや、混乱していて助かったと言える。

 その後、下の兄と2ndの主人公は、開拓村へ行くことになった。

 私は、学園へと帰る。


『この時点で、ストーリー違くね?』


 私の混乱を他所に、日常生活は続いて行くはずであった。

 そして、それが起きた。

 目の前に、手袋を叩きつけられたのだ。


「やい、マリア・ヘリオドール! 決闘を申し込む! 俺が勝ったら婚約者になれ!!」


「あ゛!?」


 その時の私は、混乱しており機嫌が悪かった。

 相手は、伯爵家の三男坊だ。将来は、子爵か男爵になるしかない相手……。将来性はなかった。

 混乱していたのも悪かった。

 何時もの私であれば、軽く流していただろう。

 気が付くと、その決闘を受けてしまっていた。


 結果として、完膚無きまでに相手を叩きのめして、学園から追い出した。

 それからは、毎日決闘を申し込まれる日々が始まる。

 相手は、子爵・男爵・准男爵・騎士爵など、将来の展望のない相手ばかりであった。

 要は、ヘリオドール侯爵家の持参金狙いなのであろう。いや、将来的に私を娶れば、侯爵まで上がれるという算段かもしれない。

 むかついた……。私を見ない奴ら。

 私は、挑戦者がいなくなるまで決闘を受けることにした。

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