第25話 令嬢

豊田家の令嬢は父親に全く似ることなく素直な少女だった。

清楚な淡い萌黄色のワンピースを纏い、娘らしく髪を結っている。

おそらく母親にでも施してもらったのだろう、薄化粧をしていた。

「こんばんは、お嬢さん。」

何度か目通りしたこともあり、面識はある。

相手も私のことを覚えているようだった。

「こんばんは、桐島さん。」

走ったせいか少し乱れた前髪を手で整えてから彼女は微笑んだ。

十四かそこらの女の子だ。

自分のための夜会に張り切っているのだろう。

そのさまはいっそう微笑ましく見えた。

「御誕生日おめでとうございます。」

いくら可愛らしくとも上役の息女だ。礼を失するわけにはいかない。

「ありがとうございます。どうぞ。おはいりになって。」

そのまま家の中に招き入れてくれる。

「いらっしゃいませ。」

なかでは上品な奥方が私を迎えてくれた。

豊田が日本から伴ってきた妻は大して豊田と変わらない歳のはずだ。

豊田自身も貫禄を残しつつ若く見えるが、夫人は輪をかけて麗しい見目をしていると感じた。

薄化粧をして、髪はきちんと結われている。

藤色の結城紬の着物に黒い唐草模様の袋帯を合わせた上品な装いだ。

地味すぎず、華美すぎない。趣味の良い女性。

「お邪魔いたします。」

「ようこそ。お忙しい中ありがとうございます。」

「ご主人からお招きいただいたのですが。」

「ええ。聞いております。ちょっとお待ちいただける?呼んでまいりますわ。」

そのまま玄関に立つ。

眺めてみると内装も立派な家だ。しかも広い。

何度か訪れたことがあるが、私の下宿がいくつ入るか分からないほど広々としている。

いくらしたのかと考えるだけでゾッとする。


たかが玄関口に小ぶりとはいえシャンデリアが吊るされている。

家具はどう見てもヴィンテージかアンティークだ。

調度品は上役本人が目利きをしたのか。

或いはその人脈によって手に入れたのか。

どちらにしろ、彫像やら花瓶やら高そうなものばかりだ。

そのせいか私は、あの丘の上に邸宅を思い出した。

自分の実家とてこれほど洒落た家ではなかった。

そう僻んでしまったのは仕方のないことだと思いたい。

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