第23話 招待状

「そういえばメイメイ、豊田さんを知らないか。」

私はレティシアからの届け物ために一度社に寄ったのだ。

「今日はもうお帰りになりましたよ。」

有能な事務員である彼女が言うのであれば間違いないだろうが、

まだ夕方だ。

いくら丘の上の邸宅に長居していたとはいえ陽はまだ落ちていない。

「随分と早いな。」

「とっとと帰社できる御身分で羨ましいことだ。」

向かいの席で柄本が嫌味ったらしく言った。

「桐島さんに伝言を預かってますけど。」

「伝言?」

「まあた雑用か?」

柄本も大概しつこい男だ。

豊田には二人まとめて世話になっているから当然のことと言えばそれまでだが。

「いえ。これです。」

そう言って彼女が上着のポケットから取り出したのは白い封筒だった。

「なんだそりゃ。手紙か?」

封筒は手触りだけで一級品だと分かった。

白い封筒には繊細な模様が刻まれている。透かし彫りのような花模様。

電灯の光を通すと透けて見えた。

「開けてみろよ。」

柄本がいつの間にやら傍に立っていた。

腕組みをしてこちらを覗き込んでいる。

「……ああ。」

覗き見するつもりでいる柄本に若干戸惑うながらもエンジ色も封蝋を切った。



今宵七時より娘、佳代のバースデイパーティーを催す。

都合をつけられたし。


追伸 せいぜいめかしこんできたまえ。ホワイトタイがなければ私のを貸そう。



豊田自慢の高値な万年筆で書かれたのだろう。

気取り屋らしい四角張った文字が並んでいた。

「おいおい。娘の誕生会の招待状か。」

呆れたようにため息を吐かれても困った。

「柄本、行くか?」

「行くわけなかろう。小娘に用はない。それにお前、こないだ贈り物をさせられてから、そう経ってないぞ。」

鼻を鳴らして応酬される。

「でも、まあ誰か行かなければならないものだからな。今年の犠牲者は桐島だったってことだ。」

がんばれ。

軽く叩かれた肩が鉛のように重くなった。




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ホワイトタイ、というのはいわゆる蝶ネクタイのことですね。

(ブラックタイもあり、こちらはタキシードを着用するときに着けます。)

男性の正装である燕尾服を着るときにホワイトタイを首元に飾ります。

結婚式で新郎新婦のお父様がよくつけていらっしゃるのではないでしょうか。

要するに豊田さんは桐島くんに「燕尾服を着てこい」と命じたってことです。

娘の誕生日会に燕尾服の部下……。もちろん冗談でしょうけど。

普通、カジュアルなホームパーティーでは

ブラックタイもホワイトタイも着けませんので、ご安心ください。

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