第21話 預かりもの

『少しお待ちになってね。』

ことわってから彼女は応接間を出て行った。

浅葱のドレスの裾が蜃気楼のようにゆれる、ゆれる。


しばらくして戻ってきた彼女の手には大事そうに一つの箱が包まれていた。

木製のそれはよく磨き込まれ飴色をしていた。

大事に扱われているものだとわかるが、お世辞にも贈り物に似つかわしいとは言えない。

まして彼女のように洗練された人間が所有するには些か地味過ぎるような代物だ。

『それは?』

『危険なものではないわ。普通の人にとってはね。でも、決して開けないで。そのまま、豊田さんに渡してね。』

彼女はその箱を絹製の布袋に納めて私に差し出した。

彼女の指先が私の手のひらに触れた。

すこしぬるい温度を保った小さな手。真っ白でシミひとつない。

人形のような美貌が彼女を際立たせていたが、

やっと彼女が人間であることを実感できた。

しかし、桜色の爪の先がこちらに触れた瞬間私は箱を落とすのではと錯覚した。

彼女からの預かり物を粗末にしてなるものか。

自らの手に自然と力が入った。

『確かにお預かりします。』


『ではお気をつけて。』

彼女は玄関まで見送ってくれた。

使用人でもないのに。ただの若造二人を。

『長居して申し訳ありませんでした。』

並んで玄関のポーチに立つ。

『また近いうちに会いましょう。そのときこそあなたの願いを叶えてあげるわ。』

彼女は先ほどと同じく聖母の如き微笑を浮かべ、手を振ってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る