1-21 死神は慌てふためき、告白す

「契約……ですか?」

「えー、お兄ちゃん契約してくれるのー!?」

「あわわわわわわわわ」


 契約と口にした途端、ノワールとクロベニが食いついてきた。

 どうやら彼女たちとしても俺との契約は魅力的なようだ。


「あぁ、彼女を助けられるならだけどな」


 前提になることは確認しておく。

 助けられないなら、意味がない。契約はなしだ。


「んー、お兄ちゃんが契約してくれるならどうにかなるかもー!」

「自分も同じくです」

「あわわわわわわわわわわわわ」

「そうなのか!」


 朗報だった。

 なら善は急げだ。


「それじゃあ、早速……」

「うわーー! ダメダメ、ちょっと待ってええええ!」


 そんな俺に待ったをかけたのは、さっきから慌てた声を出していたルアネだ。

 横やりを入れらるのが嫌なのか、クロベニとノワールがむっとする。


「ルアネーチャンは黙っててよ!」

「そうですよ。これは私たちの話です。関係のない方は話に入らないでください」

「うるさい! ちょっと待ってなさいよ!」


 そんな二人の抗議をピシャリと叱ると、俺の手を引き、彼女たちから距離を取った。


「おい、なにすんだよルアネ。早くしないとカリオトさんが!」

「なにすんだよじゃないわよ! あの女は朝までは大丈夫って話でしょ! それよりなに勝手なことしようとしてるの!!」

「お、おう。すまん……」


 尋常じゃない勢いで怒られ、思わず謝ってしまう。


「…………ごほん。謝れば済む話な訳あるかい。だいたい私との契約はどうするつもりなんだい」

「あー、俺が近いうちに戦死するってやつか?」

「そうさ」


 それを守れってのも変な話な気がするんだが。


「いや、まぁ。契約してもルアネみたいに、殺してくるわけじゃないだろ?」

「……はぁ」


 なんかすげー馬鹿にした眼で見下されながら、ため息をつかれた。


「あのね。死神がそんな優しいわけないじゃあないか。絶対、対価で君が死ぬことを求めてくるね」


 常識を知らないのかい、とでもいいたげな雰囲気だ。


「そ、そうなのか。でも死神って人の生死に直接関われないって言ってたじゃないか。それなら俺を死なせるということもできないんじゃ」

「…………はぁ」


 二度目のため息。

 そこまで間違ったことを言ったつもりではないんだけどな。


「なんで普段は鋭いのに、変なところは鈍いんだ。あのね。それだったら、私との契約がそもそも成り立たないじゃあないか」

「……あ」


 言われてみれば、そうだ。

 確かにおかしい。


「ようやく気がついたかい。死神は人の生死に直接関われないけれど、たった一つ例外があるのさ」

「契約か」


 コクリとルアネが頷く。


「そうさ。契約を結んでいる相手の生死には関われるんだ」

「でもだからと言って命を取られるかはわからないじゃないか」

「いいや、絶対命を取られるね。間違いないさ」


 きっぱりと断言される。


「なんでわかるんだよ」


 そう聞くと、ルアネは少しためらいつつ話始める。


「キエルは特別なんだ。死神にとってはどうしても欲しい魂なのさ」

「それは……この眼のせいか?」

「あぁそうだとも。死神と話せたりする人はごく稀にいるが、それに付け加えて視ることができる人間はいないとされてたんだ。だから……」

「だから?」


 珍しく、言い淀む。

 少し間を開けた後、答えてくれた。


「とても魅力的なんだ。なんていえばいいんだろうね。色男といえば良いのかな」


 こんな嬉しくないモテ男認定があるとは思わなかった。

 死神にモテるって言われても、困るんだが。


「だから俺の魂を奪うと?」

「そうだ。だから契約はしないでくれよ。戦死でないと……私が困る」


 恥ずかしそうにもじもじしながら、告げるルアネ。

 まるで愛の告白のようだが、ちっとも心が揺れ動かない。

 だって要約すると、こいつ俺に約束通り戦って死ねって言ってるんだぜ?

 えぇ……。

 死神の価値観が全く理解できない。


 ……ともかく、ルアネの言いたいことはわかった。

 死神と契約することは、避けられぬ死を意味するようだ。

 だがそれは契約を踏みとどまる理由にはならない。


「でもカリオトさん助けたいんだ」


 だから俺は、こいつを説得させなきゃいけない。


「あんな女別にいいじゃあないか。諦めたまえよ」

「そんなこと出来ねぇ」


 死ぬのは嫌だ。

 でも助けられないのはもっと嫌だ。

 何よりカリオトさんの巨乳が拝めなくなるのは耐えられない。


「なんでだい」

「おっ……」


 おっぱいが。

 そう口にしそうになり、すんでのところで止める。

 そんなこと言ったら、絶対許してくれなさそうだ。


「お?」

「お、俺は……」


 なんていえば、こいつは納得してくれるんだ。

 全くわからない。


「俺は戦士として死ぬんだろう」


 だからでた言葉はでたらめだった。


「まぁキエルが私の言いつけ通り戦死するならね」

「それは違う。そんなの戦士なんかじゃねぇ」

「何を言っているんだ。ハチャメチャだぞ」


 俺もそう思う。だって、でたらめだもん。 

 頭をフル回転させる。


「戦士はな」


 こいつのことだ。なんか気取ったこと言っとけばいけそうだ。


「誰かを守るために戦わなきゃいけないんだよ」


 それがたとえおっぱいだとしてもな。


「……つまりこういいたいのかい? 彼女を助けることが、君が戦士になるために必要なことだと」

「あぁ、そうだ」


 俺の作戦は上手くいったようだ。

 なんか都合のいいように解釈してくれたので、全力で乗っかる。

 するとルアネは少し考えたそぶりを見せた後、肩をすくめる。


「ふーん……なら仕方がないね」

「やけにあっさりしてるな」


 何かあるのかと勘繰りたくなるぐらい、潔かった。


「まぁ結局決めるのは君自身だしね。私はそれについていくだけさ」


 そういわれると、ルアネの契約を守れなさそうなのが申し訳ない。

 ……いや、別に死にたいわけではないのだが。


「その、ありがとう」

「けど一つだけ約束してほしい」


 謝罪の意もこめつつ、お礼を言うと、ルアネがお願いしてきた。

 俺の行動に従ってくれるのだ。一つぐらい聞いてあげるべきだろう。


「なんだ」

「あの二人と契約をするまで、んだ」

「別に構わないが……どうしてだ」

「ふふ、それはお楽しみさ」


 理由を聞くとルアネは答えず、いたずらをする少女のような笑みを浮かべるのだった。

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