22話


 突如ウキウキとしだした弥生に構わず、自己紹介の時間は続く。

 次に立ったのは長い亜麻色の髪に琥珀色の眼の幼女だった。


しんどー  新藤  ゆい結衣、10さいです! とびきゅーせいどできました! せんこー異能は[空気操作]で、えーと、ランクはSです! よろしくおねがいします!」


 その幼女の自己紹介に教室が沸く。

 10歳にしてこのクラスに飛び級の上に、固有能力。しかも空気を操作するなんてデタラメな能力に加えてSランクと来れば、その驚きもひとしおである。


「んがっ。ごごご……」


 まあ、あの担任だけはまだ寝ているのだが。


「すぅ……すぅ……」


 訂正、次に自己紹介する生徒も寝ていた。


「せれちゃん、せれちゃん。つぎ、せれちゃんの番だよ!」


 結衣が揺れ動かして、その少女を起こす。


「んぅ……。あれ、もう私の番……?」


 緩やかに波打つプラチナブランドの髪が彼女の動作に合わせて揺れる。

 寝起きだからかぼーっとしている紺の眼が、パチパチと開閉した。


「セレスティア・ブルセーノ……。…………?」

「せんこー異能とランクをいうんだよ!」

「あぁ……。えっと、専攻異能は[闇影]。ランクはA。よろしく……」


 そう言い、セレスティアはまた突っ伏して寝始めたので、弥生は次の生徒を見る。

 先ほどミルフィーに声をかけていた少年だ。今では珍しい黒髪黒眼の異能力者らしい。片方だけサイドの前髪にピンをつけ、髪を耳にかけている。


たちばなです! 専攻異能は[毒牙]で、ランクはA。好きなことはお菓子作りで、可愛いものが好きです。よろしくね!」


(ちょっとあざといね。可愛い系男子狙ってるのかな。まぁ実際結構可愛めの顔だし、萌え袖も似合ってるからいいのかな?)


 そして弥生は少し思考して、気になっていることを聞くために手を挙げた。


「ハイッ! 質問いいか?」

「ん? えっと……」

「オレ、三奈月弥生っていいます!」

「三奈月くん、どうしたの?」


 元気よく発言した弥生に、不思議そうな顔をして橘が答える。


「フルネームを教えてくれ!」


 まさに、空気が凍ったと比喩すべき重圧がクラスにのしかかる。

 たら、と弥生の頬に冷や汗が伝う。


「え? ちょっとよく聞こえなかったかもー」


 その空気を作り出した橘は、口元は笑っているが目は微塵も笑っていなかった。隣のミルフィーはあちゃあとでもいうかのように額に手を当てている。


「んごっ…………あ?」


 そして、そこで起きてきた賀茂によって、悲劇はもたらされた。


「あー……今自己紹介してるのは……橘権三郎ごんざぶろうか。……ぶひゃひゃひゃひゃ!! かっけぇ名前だな!」

「このクソ教師殺す……!!」


 先ほどの可愛らしい声からは考えられないほどのドスの効いた声を出す橘に、クラスの雰囲気は唖然としたものになる。


(あー……なるほどそういうことね?)


 名前にコンプレックスを抱えていたのか、と弥生は賀茂に揶揄われた橘のことを哀れに思った。


「……次、行ってもいいか?」


 一番後ろの席からギリギリと橘が賀茂のことを睨めつけているとおずおずと次の生徒が声をかけた。

 紫色の髪で長めの襟足が首にかかっているその男子生徒は苦笑いをしていた。が、その顔はすこぶる人相が悪かった。どこかの国のマフィアか何かかと見紛うような見た目の彼の声で橘も気を取り直したのか、依然賀茂を睨みつけながらもそれに了承し、席についた。


「俺の名前は鬼更きさら銀志ぎんじだ。専攻異能は[鬼化]。ランクはAだ。よろしく」


 強面ながらも人の良さそうな笑みを浮かべ、鬼更は着席した。


(流石に皆、固有異能には驚かなくなってるね)


 世界にそう多くはいない固有異能保持者だが、このエリートクラスではその半数以上が固有異能の持ち主のようだ。

 一般的に見ると異常なことだがもうこのクラスでは当たり前だという認識に、Sクラスに在籍している生徒は十分に理解したのだろう。

 そして斜め前の席の人物が立った。玲香だ。


「キリア=玲香・ハーヴィよ。専攻異能は[赫炎]。ランクはAよ。どうぞよろしく」


 長いツインテールをふぁさ、と手で払いながら玲香はそう言った。

 随分と尊大な態度だが、玲香は[赫炎]を所持していることからそこそこの実力者であることが窺える。


(そこの最前列にいるお家の伝統と力に頼り切ってる九東お嬢サマより大分マシだねー)


 数限前の座学の授業の時から出しっぱなしになっていたペンを手元で弄びながら、弥生はそう考えていた。

 考えているうちに自己紹介は龍真の番になったようだ。

 龍真が席を立ち、口を開く。


「霧崎龍真です。専攻異能は[黒炎]。ランクはSです。これからよろしく」


 無難な挨拶だったが、Sランクなので多少はクラスメイトの印象に残るだろう。


(実際はXランクだってこと知ったらびっくりするだろうなぁ)


 しかもその隣には世界唯一、国家機密のZランクがいるのであるからメンツ的に世界一とんでもないクラスである事は間違い無い。

 次の生徒は黒色のローブのフードを深く被っているのが印象的な少女だった。


「あ、は、葉月はづき一彩ひいろ……です。せ、専攻異能は[障壁ブロック]、ランクはBです……」


 彼女はポソポソと小さな声で話すと、直ぐに席に座った。

 [障壁ブロック]か。名前から察するに何かから身を守ることが出来るんだろうけど、対象の指定とかはどういう範囲で設定できるんだろうか。


 弥生が葉月の異能のことを考えていると、今度は弥生の前の女子生徒、氷見結乃の番になった。


「氷見結乃です。専攻異能は[氷雨]で、ランクはAです。よろしくお願いします」


 [氷雨]も固有能力だ。文字通り氷の雨でも降らせるのだろうか。

 そう考えているうちにあっという間に次は弥生の番になったので、弥生は席を勢い良く立って満面の笑みを浮かべる。


「三奈月弥生でーす! 専攻異能は……」


 ここで弥生は重大な問題に気がついた。


(ボクの専攻異能……決めてなかった……!!)


 下手すれば学園生活を送るにおいて一番重要な選択になるであろう専攻異能。ここは使い勝手の良い異能を選んでおきたいところだ。

 数ある異能の中で弥生が導き出した答えは……


「[複製コピー]です! ランクはA! どうぞよろしく!!」


 弥生はとある事情により、持っている異能の種類は常人よりも遥かに多い。

 [複製]もその内の一つで、見た事のある他人の能力を三つ保持出来るという能力だ。これならば色々な能力が使えても大抵は[複製]の能力だと説明できるので、我ながら機転が利いたと弥生は内心安堵した。


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