第5話

 


「あ!」


 それを見て、アーリは指を差し、声を上げた。


 バレントは森を抜けた小高い丘の上で馬を止めた。柔らかな日差しの下、緑の芝生を逆なでる柔らかな風が、湿気を弾き出すように吹き抜けた。


 森を抜けると、そこには広大な草原が広がっていた。そしてその中心辺りに、背の高いレンガの建造物を中心とした街が見えた。四、五階建てほどの高さなのだろうか、遠くからでもはっきりとそれが目に入ってくる。レンガ群を取り囲むように、高さ四十メートルほどの冷たい灰色の塀が、綺麗な正方形を描くようにそれを取り囲んでいる。さらにその周りを安い金属製のぼろい家々がすそ野を広げている。

 街のすぐ側を流れる川は、森やその奥に高く聳えるググンダラ山脈の土を巻き込み、濁流となって下流へと、そして街の用水路へと流れていく。


「水量が増えてるな、決壊はしていないようだが。あと一日雨が続いてたら危なかったかもしれない」

「橋は崩れていなさそうだが。バレント、二番街でいいのか?」

「ああ、この子は持ち物などから判断するように、出身だろうし、二番街の職人辺りがもしかしたら何か知っているかもしれない」

「なるほどな。ベテランハンターの感が当たっているといいが」

「人探しはハンターの仕事じゃないけどな」バレントは手綱を力強く引き、馬の腹を軽く蹴った。「行くぞ、やる事は山積みだ」


 バレントが馬の側面を蹴ると、馬は街の方に向かって走り出す。

 ループも銀毛を風に靡かせ、馬のすぐ左を付いていく。


「ぞー!」

 アーリの無邪気な拳は、バレントの顔面スレスレのところに振り上げられた。突然目の前に出てきた物に、驚いたバレントは咄嗟に顔を後ろに引いた。


 二番街へと続く石の橋の前に着くと、バレントは馬の速度を落とし、停止させると馬から飛び降りた。

「ちゅいた?」

「そうだな、アーリ」

「ああ、まずはクリスタルを買わないといけないな。フラップスの店に行こう」

「ふっぷす?」


 アーリをゆっくりと持ち上げ、石橋の上に降ろすと、馬の手綱を引いた。橋の上を馬が歩き始めると、蹄がコツコツと音を立てた。

ループは鼻先で、ぼーっと立っていたアーリの背中を小突く。

「乗る……か?」

 躊躇いがちに声をかけ、背中を差し出した。

「うん!」

 アーリは飛び乗るや否や、パッと顔を明るくさせ、ループの背中の毛にしがみ付いた。


 橋の先には、人々が行き交う大通りがシティの中心へと伸びている。錆びた金属板の建物が街道の左右に立ち並び、幾つかの建物からは煙を吐き出す煙突が伸びている。辺りの建物の中からは、金属の溶ける匂いが蒸気に混じって、街道に溢れ出してきている。

 行き交う人々はそれぞれの目的のために大きなバックパックを担いでいたり、荷車を押したりしながら各々の方向へ進んでいっている。大小様々な工場からは、金属を打ち付ける音や、人々の怒声が聞こえてくる。


 バレント達が橋を渡たるなり、先の一番手前の建物から大柄で立派な髭を蓄えた男が、首から下げたタオルで額を拭いながらバレントに話しかけてきた。


「よぉー、バレント! 今日は何を買いに来たんだ?」

「銃は必要ないんだ、すまんな」


 無骨な皺の寄った顔。黒く乱雑な髪。汚れた作業着。その男は銃やナイフなどの武器を作る職人、バングであった。

 乱雑に打ち付けられた金属板の建物の中には、大小様々な銃火器が所狭しと陳列されている。あり合わせの木板が建物の小さな入り口上部からぶら下げられ、ピンク色のペンキで〝バングロッド銃火器店〟と書かれていた。


「おう? お前も子供いたのか?」ループの上でなるべく視線を合わさないようにしている少女を見た。「人見知りの所もそっくりだな」

「いや、この子は俺の子じゃない。昨日家の前に突っ立ていたんだ、何か知らないか? 親を探しているんだが」


 店主はアーリの顔をまじまじと見直した。太い腕を組んで、少し悩んだ様子だったが首を振りながら答えた。

「すまんが俺は知らないな。一応、仲間にも聞いておくがこの辺でもセントラルでも見たことない子供だ」


 アーリは時たま、顔を上げてチラチラと店主の顔を見ている。

「両目の色が違う女の子なんて滅多にいないからな。すぐ親が見つかることを祈るよ」

「ああ、助かる。ついでと言ったらあれだが、馬を預かってくれないか?」

「それはいつものことだろ……ったく人の店を厩舎と勘違いしてねぇか?」

 店主は手綱を渋々受け取ると、店と橋との狭い隙間にびっしりと設置されたパイプの一つに結びつけた。


「いつも感謝してる、ロッド」

 バレントは馬の左右にぶら下がった鞄を取ると、一つは背負い、もう一つは手に持った。手持ちの鞄をゴソゴソと漁ると、綺麗な深い黄色の大きな塊のクリスタルを取り出し、店主に差し出した。

クリスタルの内部には、稲妻か蜘蛛の巣のような青い模様が走っている。


 それを見るなり、男の仏頂面はどこかへ消え、戸惑いと興奮が入り混じったような表情になった。

「おいおい、こいつぁかなりの上物じゃねぇか。も、もらっていいのかよ」

「ハンターが持ってても、なんの役に立たないからな。感謝の印だ」

「サンキューな!」


 店主はバレントの手からクリスタルを受け取ると、それを大事そうに抱えて、ガンラックの後ろへ消えていった。


 バレントは馬の背中を一撫ですると、街の奥へと歩き出した。左右の街道からは、バレント達に気が付いた作業員達が声を掛け、手を振った。

 ループに抱きついているアーリはなるべく誰とも顔を合わさないように下を向いていた。

 ループは自分の背中に擦り付けられる少女の顔を背中に感じて、少女に優しく訪ねた。

「アーリ、怖いのか?」

「ううん」


 少女は顔を毛に埋めたまま、左右に顔を振った。ループは背中でアーリの否定を感じ取り、返答は返さなかった。


 街の奥に向かうにつれ、人混みがだんだん濃くなってくる。行商人達の流れに混じって、腰に剣を差す兵士達が、怪しい行動をする者に目を光らせている。道を行く髭面の男と巨大な狼は、若い兵士たちの目にはかなり怪しく映るだろう。


 左右のブロックへと繋がる十字路に近づくと、カラフルな看板が一際目立つ店が交差点の角に立っているのが見えてくる。その店先には赤錆びた金属人形が手を振って、機械的な声で客寄せをしている。

 アーリはそれをちらりと見るなり、ロッドの店の時と全く違う、興味ありげな表情を見せた。

「クリスタル、ヤスイヨ! イッパイカッテネ、カッテネ」


 彼の顔と思わしき部分には、白く光るライトのような電飾が埋め込まれている。錆び付いた体の動きに合わせ、左右に動いたり点滅したりしていて、どうやら目の役割を担っているらしい。四肢は長細く、関節などの機械構造が剥き出しになっていて、内部の機構がどのように駆動しているのかが丸見えになっていた。手首や足首からはそれぞれ四本の細長い指が生え、それに繋がったワイヤーが関節の回し車を経由して、胴体へ繋がれている。


「やあ、フラップス」

 バレントは軽く手を振ると、白塗りの店に近づいて行って、線の細い人型の金属に話しかけた。

フラップスと呼ばれたその機械人形は、バレントを見るなり、声をワントーン高くした。


「オオ、バレントサン! クリスタルイルマスカ? イッパイカッテクレルト、サービスシマスヨ」

「ああ、アイスとファイアを二個ずつだ、アイスが中、ファイアが小で頼む」

「アイヨ、オメガ、カタイ!」


 フラップスはモーター音を掻き鳴らしながら、後ろを振り向いた。性格には腰から上がそのままぐるりと回転した。


 彼の背後には種類とサイズごとに分けられたクリスタルが、ラックに山積みされている。彼はそこから、中くらいの青いクリスタルと小さな赤いクリスタルを二個ずつ取り出し、二本の指を立てて見せた。

「ヨッツデ、ニセン、グラン! サービスプライス!」

 バレントは分かっていたぞと言わんばかりに、ポケットから二枚の青っぽい色をしたキングとクイーンのチェス駒が描かれた札を取り出して、フラップスの立てた指の間に挟ませた。


「二千グラン、これで足りるよな」


 彼は二枚の札を丁寧に二度数える。それが終わると、フラップスは指に挟んでいたクリスタルを、バレントが差し出した手のひらに落とした。

「アリガトゴゼイマス」


 機械細工がしゃべるのを物珍しそうに眺めていたアーリが声を上げた。

「ふっぷす?」

「ああ、これがクリスタル屋のフラップスだ。かっこいいだろ」バレントはカバンにクリスタルを放り込む。「前に店番をしてた爺さんが組み上げたんだ」

「ワタシハ、フラップス! フップスジャナイデスヨ」

「ふっぷす! ふっぷす!」

「フラップス、デス」

「ふっぷす、おもじろい!」


 楽しそうに笑いながらフラップスを指差しているアーリ。

 フラップスは顔のライトを激しく点滅させて、体を左右に揺らした。


「はっはっは、子供の前では店番ロボも玩具みたいなもんだな」バレントは困った様子のフラップスを茶化した。「またな、フラップス」


 バレントは十字路を左の方に歩き出した。

 ループも付いて行こうとしたが、未だアーリがフラップスを気になっているので、優しく声を掛けた。

「行くぞ、アーリ。フラップスにさよならしよう」


 アーリは名残惜しそうに、手を開いたり閉じたりした。

 アーリの別れの挨拶を真似て、フラップスも四本の指を動かした。ぼんやりとアーリの背中を見届け、ロボットはまた呼び込みの仕事へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る