老猫

気分屋

プロローグ

 百年ほど昔のことだ。


 それはそれはとても仲の良い夫婦がいた。


 夫は記録上では最初に誕生したであろうフレンズと人間のハーフ。


 妻は確認された中で恐らく最初で最後のヒトのフレンズ。


 夫婦は本当に仲が良かった。


 ヒトでありながらヒトならざる二人が運命のイタズラか出会い、やがて結ばれた二人の間に可愛らしい男女の双子が産まれた。

 

 夫婦はそうして小さな幸せを育み大きくしていき、その幸せは数十年と続き二人もゆっくりと歳を重ねていった。


 夫婦はこのまま家族に囲まれ、いつかはこれまで看取った大切な家族や友人のように自分達も暖かい最期を迎えるのだろう。その時だってきっと一緒だと二人は手と手を重ね満足そうに肩を抱き寄せた。


 が…。


 いつしか夫は疑問を持った。


 このまま幸せに終わっても良いのか?自分よりずっと前からもっと辛い思いをしてる人達がここジャパリパークにはいるのに。


 自分が今こうして幸せなのは皆のおかげではないか?


 このジャパリパークというヒトと獣を繋ぐ楽園が自分を今まで生かしてきたのではないのか?


 ならばその恩を返すのが己の使命である。


 それこそが我が人生の終焉である。


 夫は長年火山を守ってきた四神と友人の一人を解放するため火口へ向かい、自分が身代わりにアンチセルリウムフィルターの任に着こうと考えた。


 しかしそれは夫婦の別れを意味し、共に終わることを約束した妻を一人置いて行かなければならないということに他ならなかった。


 夫は神々を解放するため敢えて反逆し、あらゆる手を使い勝利を納めた。


 そして今まさに彼が身代わりの任に着こうというその時だ。


 その寸前に妻が現れ彼に言ったのである。


 自分も連れていってほしいと…。


 夫はそんなことはできない、こんなことは自分一人でいいと反対した。


 がそれでも妻は引き下がらず、続けて夫に伝えていった。


 貴方無しで生きることは既に自分には耐えられない。


 貴方をここに置いていつか一人逝ってしまうのも耐えられない。


 だからどうか連れていってほしい。


 どうか側にいさせてほしい。


 貴方を一人にはさせない。


 だから一人にしないでほしい。


 彼とて妻との別れは耐え難いものであったため、そこまで言われては既に断るつもりなどなかった。


 夫は妻の願いを聞くと…。

 

 妻を抱き抱えたまま火口へと飛び込んだ。





 その結果四神と一人は自由に。


 火山は夫婦の手で守られた。


 その後の噴火でも変わらずサンドスターは降り注ぎ。


 フレンズが新しく誕生すると夫婦の笑顔や笑い声がそこにあるように思えたそうだ。


 ジャパリパークとそこに住む生き物にとってはなんら変わりはない時間が夫婦の手で守られ。


 そんな日々が百年続き。


 夫婦の存在はやがておとぎ話のようになっていった…。










 

 百年あまりの時間過ぎたある日、サンドスター火山の火口周辺には大掛かりな機械や装置が設置され、沢山の人間達によるなんらかの作業が行われていた。


 そしてそこには事の行く末を見守る守護けもの達。


 そのうちの一人…。


「この時を百年待った」


 そう呟いたのは南方を守護する四神スザク、彼女は優しく微笑むとこれから現れる存在を今か今かと待ち望んでいた。


 やっとここまで来た、やっと解放してやれる。

 自分達の代わりに今までありがとう。

 お前達を迎えに来た、さぁ戻ってこい。


 そんな気持ちを胸にスザクは他の四神よりも一歩一歩と前へと歩き出し最前列へと繰り出した。


 そこで一人、研究者らしい人間達の内一人の男が機械の端末の映像や数値の変化に気付き声を挙げた。


「フィルターの安定… けものプラズムの発生を確認!来ます!」


 その言葉にスザクだけではない、皆も期待と喜びの表情を見せた。


 アンチセルリウムフィルター…。

 

 百年の時を経て遂に人の手で再現することを可能とした瞬間である。


「来るぞ!」


 スザクはこれから帰ってくるであろう二人を一番に受け入れ労いの言葉をかける準備をしていた。火口へ近寄り両腕を広げ、いつでも抱き締める準備は万端だった。


「フレンズ一体の出現!」


 男が叫ぶと何か光体が火口から吐き出され、それはやがてヒトの形に変わっていくとスザクの前に横たわる姿となった。


 現れたのは白髪の男性だった。


 スザクは目の前に獣の耳と尻尾が生えた男が出現するのを見ると、目に涙を浮かべながら眠ったままの彼をこれでもかと言うほど強く抱き締めた。


「おぉよくぞ… よくぞ戻って来てくれた…」


 再会を喜び、あまりの嬉しさに目が覚めるまでそのままでいるつもりだった程なのだが、すぐに彼女も切り替える。


 まだ終わりではないのだ。


「すぐにこやつを保護してくれ!もう一人はまだか!」


 彼だけではない、彼女が戻るまでは終わりではない。


「けものプラズムは…」


 スザクの言葉に従い男はすぐに端末の表示を確認した。


 しかし返ってきた言葉はその場にいた守護けもの全てを唖然とさせる言葉だった。


「確認できません、フィルターの数値の安定を見る限りこれ以上の発生は見られないものと思われます」


「なんじゃと!?」


 スザクは一人声を挙げ何度も火口とその周辺を確認をさせたが、それ以上の変化が起きることはなくただ静かにアンチセルリウムフィルターがサンドスターロウの噴出を抑え浄化する光景が広がっていた。


「よく調べんか!もう一人!あいつの妻が帰ってくるはずなのじゃ!」


「スザク… 受け止めなさい」


「セイリュウ…!しかし!」


 四神の一人東方の守護者セイリュウ、彼女もまた目の前に現実を受け入れがたいと感じていた。しかしそれは確かに起きたこと… 否終わりだった。


「星に… 還ったということであろう?わしらにとっては大した時間ではないが、百年の間にいくつも命の移り変わりがある」


「あの小僧はともかく、妻の方は杞憂希な存在とは言え普通のフレンズじゃ、もうずいぶん前から消えていたのかもしれん」


「ゲンブ… ビャッコ… 」


 予想だにしない出来事に守護けものであるスザクもその場にへたりこんでしまう。

 北方の守護者ゲンブ、西方の守護者ビャッコ、この二人もまた淡々とした態度ながらも目の前の現実を悔やみ、どこか優しく彼女を慰めたように見えた。


 

 そうして神々も悲しんでいたその間も、白髪の男は目を覚まさなかった。


 彼にとっての全てという存在が失われたにも関わらず、それを悲しむこともできずに眠り続けた。


 彼が自分自身に起きたことを知るのはここから数日後のことである。


 それまで彼は眠り続けた。



 守護けもの達の間にも流石に重たい空気がのしかかり、特に彼との関わりが深かったスザクはなんと声を掛けるべきかと涙を堪え悩み続けた。



 眠り続ける彼を見て、何が彼の幸せなのかとスザクは考えていた。



 再会を喜び再びこの世に生きられることが既に幸せなのか。


 あるいは…。


 いっそこのまま目を覚まさずにいたほうが良いのか。



 そう、彼は目を覚ました時。


 彼が最も恐れていたものが彼を襲うことになるだろう。

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