第6話 潜入、イスティクラル国際空港


「前を見ろ、イスティクラル国際空港だ」


 スレイマンの指差した方向にそびえ立つミナレットに併設された管制塔が見えてくる。空港に巨大な信仰図書施設が併設されているのが、このイスティクラル国際空港の特徴で国民には「図書館空港」として親しまれていた。

 このクーデターが始まるまでは。


「あれが悪い奴らの巣窟か、どう料理してくれようか」

「料理なら任せな。ズルナの形にくり抜いて、残りカスはドルマにしてやる」

「そいつぁいい」


 ケマルはファルクと顔を合わせて大笑いする。そんな気の大きい二人をよそにスレイマンは敵影を確認する。


「見えないな、手分けして安全なルートを探そう。戦闘は出来るだけ避け――」

「さっき、一人跳ね飛ばしたんですけど、隊長」

「バレなきゃ、ノーカウントだ。新人」


 スレイマンは頭を押さえながら、アリの言葉に返答する。

 隊員達は車から降りた後に外部の守衛を手際よく排除できた。狼部隊ベーリュの名を汚さない練度の高さは、新人であるアリにすら共通していたのであった。潜入に成功すると、受付ラウンジに繋がる道を進みさらなる敵が居ないことを確認した。


「隠れるのは苦手なんだがな……」


 周囲を警戒するファルクはスニークしながらそう呟いた。


「確かに。隠れるのが上手かったら、みんなの前で酒瓶取り出したりしませんもんな」

「エヴェレン、俺は今更お前を褒めたことを後悔してるよ」

「そんな殺生な……」


 声を潜めた無駄話は余裕の証左であった。セリームは持ち替えたHK416を構え、周囲を確認していた。そんなところで、彼はあるものを見つけて立ち止まる。

 ラウンジの待合室の座席に奇妙な印が書かれているのだ。目の中に六芒星が書かれたような奇妙な印。それは見る者に不愉快な感情を与えるものであった。


「悪趣味だな」


 ファルクがセリームの背中から呟く。セリームはそれに頷きながら、過去の記憶を思い出していた。

 イスティクラル国際空港は毎年テュルク陸軍特殊部隊の特殊訓練の会場となっている。狼部隊ベーリュにとっては、どこも目に焼き付いた風景である。だからこそ、セリームにはそれが疑問でならなかった。


「こんなの空港にありましたっけ」

「今年の訓練のときには見てないな」

「ですよね、何なんでしょう」

「少なくともクーデターとは関係ないだろうな」

「へ? なんでそう思うんですか?」

「世俗主義者に迷信じみた印は似合わねえ」


 ファルクがそう答えた瞬間、ケマルは背後を振り返る。その特徴的な音は、こちらに向かって歩いてくる軍靴の音だった。それに従い、ファルクもそちらへと銃を構える。

 しかし、スレイマンはハンドサインでそれを静止する。近づいてくる哨戒兵士たちは警戒を怠り、べらべらと無駄話をしていた。


「小隊長、先程例の爆弾の除去は完了したようです」

「了解した。しかし、奇妙なものだな。クーデターを起こしたのは我々祖国民主評議会だというのに、既にここに爆弾が設置されていたとは」

「本当ですよ、しかも爆薬が国軍のモデルと同一だっていうのが気味が悪いです。しかも、そこら中にあるあの変な印だとか、空港を占領するときにほとんど抵抗がなかったこととか……」

「……まあ、奇妙だが我々の義憤には関係ない話だ」


 セリームとファルクは互いの顔を見合わせる。


「やはり、あの印は連中のものじゃないらしい」

「小隊長って言ってたな。とっ捕まえて口を割らせるか?」

「どうだろうな、隊長?」


 小声で問いかけてきたファルクにスレイマンはハンドサインで「賛成エヴェト」と答える。

 咄嗟に二人が指示を伝播し、ケマルはライフルを、アリはショットガンを構え引き金を引いた。このショットガンに入っているのは普通の弾丸ではない。水泡弾と呼ばれる非致死性弾丸であり、消火の用途のほか、暴徒鎮圧や殺したくない対象の確保に用いられるものである。

 破裂音と同時に「小隊長」と呼ばれた対象はびしょ濡れになって、気絶する。と同時に、その取り巻きの兵士二人はケマルとセリームが始末していた。

 「小隊長」を引きずって、安全なところにまで連れていくとケマルはその頬を張る。荒い息と共に目を覚ました「小隊長」は敵に捕らえられたことを悟り、やれやれとばかりにため息をついた。


「おい、知ってることを全部話せ」

「もう既にこの空港は占拠されている。お前らが攻め込んだところで無駄だ」

「ああ、そうかもな。俺も年をとったもんでな」


 ケマルは「小隊長」のこめかみに銃口を当てる。そして、跡が付くほどに強く押し付ける。


「目が悪くてよ、間違えて引き金を引いちまう前に喋っちまうんだな」

「特殊部隊としては不適合だn――グァハッ!」


 軽口を叩く「小隊長」をケマルは一蹴していた。その口からは血が滴る。

 そして、それに続いてセリームは冷静にその兵士の足の小指をマガジンの角で殴った。


「ああああああああああああああああああ!?」

「セリーム、おめえ!?」

「地味に痛ええええええええ、地味に痛すぎて話しちゃううううううう!!」

「いや、そういう場面じゃなかっただろ、今の!? 抜き取ったシリアスシーンを返せ!?」


 拷問の美学を崩され、焦るケマルをよそにファルクは「小隊長」の前でしゃがんで慈悲の表情を見せた。


「喋っても良いんだよ。神はお許しになられる!」

「しょうがない、話そう……」

「あぁ、俺の尋問テクニックが……」


 ケマルはそう言って、頭を抱えていた。

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