第7話あだ名①

『なぁなぁ、冬馬と美月ってあだ名とかないの?』

依頼を終え、ご褒美のシュークリームを齧っていた杏果さんが聞いてきた。

『特にありませんよ〜』

読んでいた小説のページをめくりながら答える。

『わ、私も名前で呼ばれるくらいですね』

飲みかけの紅茶をカチャリとおいて美月ちゃんも答えた。

『だったら私が考えてやろう!』

シュークリームを食べ終えた杏果さんが少し前のめりになりながら提案してきた。

あまりいい予感はしない。

『い、いいです、遠慮しておきます。お気持ちだけで結構です』

『私は嬉しいです!なんだかあだ名って親睦が深くなる気がして嬉しいです』

あれ?美月ちゃんが乗り気だ。

『美月はいい子だな〜。それに比べて冬馬は冷たいなぁ…親睦、深めたくないのかなぁ』

美月ちゃんの頭を撫でながらチラチラとこちらを見てくる杏果さん。

あーこれはあれだ、どっちにしろダメなやつだ。

ため息をつき、観念して読みかけのページにしおりを挟み本を鞄の中にしまった。

『よし!じゃあまず冬馬から考えてやろう』

『変なのにしないでくださいよ…』

『任しておけ!今日琢磨にもつけてやったからな!ネーミングセンスはバッチリだ!』

自信満々な杏果さん。

『あんなもの俺は認めないぞ!』

パソコンが置かれている机にいた部長が苦情を申し上げている。

ますます嫌な予感がする。

『ちなみにどんなあだ名なんですか?』

『琢磨の体型とか雰囲気とあとおがみたくまという名前から文字を取ってオタクと名付けてやった!』

えっへんと胸を張りながらどこか誇らしげに言った杏果さんと対照にそのネーミングセンスに冬馬は顔を引きつらせた。

『そんな不名誉なもの俺は断じて認めんからな!』

『いいじゃねぇか!ぴったりな感じで』

やいのやいのと2人が言い争っていると太ももを美月ちゃんにツンツンされた。

『なんで部長さんあんなに嫌がってるのかな?何か理由があるの?』

『まさか美月ちゃんオタク知らない?』

『部長さんのあだ名ですよね?』

この子は何処まで純真無垢なんだろうか。

『えーっと…オタクって言うのはつまり…』

この女神様にどう説明したものか…

『オタクって言うのは愛好家とか愛好者って意味なんだ』

悩んでいるとそれを察知した小悪魔がにやにやしながら割って入ってきた。

『それはとってもいい意味じゃないですか!好きな物を好きと言える者っていう意味のあだ名って素敵じゃないですか』

手を合わせキラキラした瞳でその意味を知り喜ぶ女神様。

『まぁ…そうだね。間違ってはいない…かな』

これ以上の説明は無駄だと悟った。

『部長さん、どうしてこんなに素敵なあだ名を嫌がるんですか?』

『そうだぞ、なんでなんだ?』

小悪魔は女神を味方につけたようだ。

『いや…別にそういうわけじゃ…ない…が……』

『じゃあこれからはオタク部長さんですね!』

『……はい』

『それだと長いからオタクさんで良いんじゃないか?』

『いいんでしょうか?オタク部長さん?』

『……はい…でも出来れば部長さんのままがいいです…』

『えーっと…分かりました!じゃあ普段は部長さんであだ名の時はオタクさんにしますね!』

『うぅ…』

断りきれず受け入れてしまった部長を小悪魔は笑いを堪えながら眺めていた。

あぁ…可哀想な部長…なんて恐ろしい入れ知恵をするんだ…。

悪気がないんだろうが美月ちゃんからオタクと呼ばれるのはくるものがあるなぁ。

そんな部長に冬馬は心の中で合掌した。

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