第10話

ちりん

「いらっしゃいませ。っとこれはバーテンさん、珍しい。」

「こんばんは。今日は休みにしましたので。」

「なににいたしましょうか?」

「あー・・・オリオンで」


 疲れた顔で注文してくる。最近日中よく出かけていることと関係があるのだろうか?

「最近日中もお忙しそうですね。」

「ええ、昼は昔とった杵柄であん摩やってるんですよ。」

「なるほど。それは大変ですな。・・・これはサービスです。」


 少し驚いた表情でこちらを見てくる。普段余り表情を見せないだけにこれは珍しい。

「これは?」

「疲労時にはビタミンをしっかりとるのが肝要ですので。」

「なるほど・・・。もう少し同じように疲労に効く物を頼みます。」


 むね肉を蒸して梅肉と生姜のソースで和える。あっさりさっぱり、クエン酸も沢山摂れるので疲れた時におすすめだ。


ちりんちりん

「いらっしゃいませ。」


 いつもの青年が来店する。なぜか熱湯さんと和尚が一緒だ。和尚は頭まで真っ赤になっており、どうやらすでに呑んでいるようだ。


「ふぉっふぉっふぉ。随分美味そうなの食っとるのう。儂にもくれ。あとそうじゃな・・・今日は黒松剣菱を熱燗でもらおうかの。」

「大将!こっちは櫛羅を冷で」

「そしたら私は呉春をぬる燗でお願いします。つまみにナスの揚げ浸しを。」


 まず櫛羅をガラスの徳利に入れ提供する。ついで呉春、剣菱を出していく。

「ふぅー。熱燗の鼻を抜ける薫りが良いのう。」

「して、バーテンさんは今日はお休みで?」

「ええ、少し昼間の仕事が忙しくて、今日は休みにさせてもらいました。」

「昼も仕事されてるんです?」

「ええ、昼はあん摩をやっているんですよ。」


 自分もそうだが、一同驚いた表情を見せる。自衛隊にいたとは聞いてはいたがあん摩の資格を持っているとは思いもしなかった。


「マッサージのぅ。毎日鍛えておればそんなものは不要じゃぞ?」

「和尚・・・、みんなが和尚のような筋トレするわけでもできるわけでもないですよ。」

「そうですよ。和尚さんを基準に一般化するのはあんまりよくないかと。」

「お、若いのダジャレかの?」


 青年が逡巡する。理解したようで微妙な顔つきになる。

「いえ、別にダジャレのつもりで言ったわけではありませんが・・・。」

「儂もダジャレ使いでは有るが、麒麟も老いては駑馬に劣るというやつじゃのう。」

「いや、和尚、だれも追いつけてないからね?」


 熱湯さんが突っ込む。概ね皆同意するような表情になる。しかしまあ筋トレか・・・。確かに筋肉があれば疲れにくくなるかもしれない。筋肉は裏切らないとも言うしな・・・。


「旦那、筋肉は裏切らないかもしれないが、関節と腱は裏切るんだ。筋肉と仲良くやるならまずは関節や腱と仲良くなるんだな。」

「バーテンさんにそうおっしゃられると説得力が違いますな。」

「そうじゃ、腱と喧嘩をするといかん。まずはしっかりほぐすことじゃ。」

「うん、良いこと言ってるけどダジャレは抜かさないあたりさすがは和尚ですな。」


 今宵も駄洒落で夜が更けてゆく。いつもと変わらない日常。落ち着いた時間。この時間が長く続くことを願うばかりだ。

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