第6話

 ピピピピッ!

 日が沈み空色から瑠璃色に替わる頃、アラームに目を覚ます。いつの間にか微睡んでいたようだ。大きく身体を伸ばし、出支度をする。


 ガチャリ

 鍵を締め出かける。財布と携帯だけ身につけバーに向かう。

 ・・・たしかこのあたりだったはずだが。っと、熱湯夫妻と雀さんを見つける。良かった。

「どうも、おまたせしました。」

「おっちゃん待ってたで。」

「この辺だと思うのよねぇ・・・。」

「あれかな?」


 熱湯さんがそれらしい看板を指す。半地下で目立たないが雰囲気は悪くなさそうだ。


カランカラン

「いらっしゃいませ。」

「こんばんは。電話した者よ!」

「お待ちしておりました。こちらにどうぞ。」


 クラシックで落ち着いた装飾、なかなか良い雰囲気だ。そのうち人気が出るんじゃなかろうか。各種洋酒は取り揃えられ、カウンターにはカクテルに使うのか籠に果物が盛られている。ビールサーバーも3種類か。

 熱湯さんが灰皿を受け取り、雀さんと紫煙を薫らす。


「何になさいますか?」

「ビールは何があるんですか?」

「いま扱っているのはギネスとヒューガルデン、あとは月替わりでクラフトビールを用意しております。今月は箕面ビールさんのおさるIPAです。」

「じゃあ私はIPAをパイントで。」

「俺はギネスをハーフパイントや。」

「俺はシャンパンにでもするかな。銘柄は・・・。」

「マム・コルドン・ルージュがあるのね。これでいいじゃない?」

「そうだな。じゃあこれを二人分。」


「ふぅ、良い苦味だ」

 IPAの濃厚な苦味が広がる。

「くぅー!うめぇ!」ダンッ!

「ん。いいシャンパンよね。」

「うむ。うまいな。」


「そういやおっちゃん、今日はどこまで行ったん?」

「護国神社です。」

「坂はきついから行かないけど、いい景色よね。」

「途中で因幡さんにお会いしました。新しいバイクに跨って大間まで馴らしにいくとか。」

「因幡さんも元気だねぇ」

 熱湯さんが呆れたような、うらやましがるようななんとも言い難い表情になる。


「大間って言やぁ、マグロよなぁ。」

「まあ個人的には大間で食べるよりもむつ市か青森市あたりで食べるほうが、そこそこの値段でいいマグロを食べられるのでお得です。」

「そうなのですか?」

 暇だったのかおもむろにバーテンが話しかける。


「ええ。たまたまかもしれませんが、大間のまぐろはそこまで・・・。むつにいい店がありますので、もしあちらに行かれるようならお教えします。」

「へぇ。それは助かります。」

「そういやバーテンさんさ、仕草が一般人じゃねぇな。なんかやってたんか?」


「えぇ。しばらく自衛隊に居りました。」

「なるほどねぇ。締まった身体なのはその御蔭なのね。誰かさんももう少し、絞ってほしいわぁ。ねえ?」

「う、うるさいなぁ。そこまで弛んでないだろう・・・。」

「まるで樽のようよ・・・。」


「ああ、熱湯奥様まで駄洒落に・・・。あぁ、寒気が来そうやで・・・。」

 雀さんがオーバーな仕草で天井を仰ぐ。

「あら、雀さんもまるでフォアグラのアヒルのようよ?うちの旦那と一緒に運動でもしたら?」

「雀さんとか。うーん、どうしようかなぁ・・・。」


 あまりにひどい駄洒落だ・・・。あまりの寒さに酔いが醒めかねない。バーテンさんも思わず顔をひきつらせているではないか。


「うーん、どうでしょう?一緒に体動かしますか?」

 なん・・・だと?まさか、駄洒落に乗っかるとは。バーテンさんやるじゃないか。

「自衛隊上がりのヒトと一緒にってのはキツそうなんだが。」

「ははっ。もちろん初心者に合わせたトレーニングですので。新人教育ほどにはしごきませんよ。」

「あらいいわね。あんたもこれくらい締まったら、なにか1個好きなもの買わせてあげるわよ?」

「うーむ・・・。ならちと試してみるかのぅ。」


 熱湯さんが後日筋肉痛で動けなくなっていたが、偶には身体を動かすのは佳いことだ。しっかり汗をかいて喉を潤すってのは最高にうまいビールの飲み方だからね。痛風と紙一重だが・・・。

 あの青年に続いてバーテンさんという新しい友人も生まれた。変わりがないように見えて少しずつ変わっていく日常。この愉しく素晴らしい日常に乾杯だ。

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