3.13

食料

 三月十三日。

 最寄スーパーの駐車場に入り、フロントガラス越しに目を疑った。

 開店前だというのに、百人を超えそうな行列ができており、それが駐車場の隅にまで続いていたのだ。我が家も車を停めて列に並び、入店前から気疲れを覚えた。


「すごい行列」

「一時間以上は覚悟したほうが良いかもな」


 私たちが行列の一部になったあとも、次から次へとファミリーがやってきて、列に加わっていった。気がつけば前にも後ろにも、被災者の『生きよう』とする姿で溢れていた。

 そうこうしているうちに開店の十時を迎え、最前列の人たちがぞろぞろと店の中へ入っていった。店頭では人数制限を行っているらしく、ある程度の客を入れると、そこで列の進行はストップしてしまった。

 進んでは止まり、進んでは止まり――舞浜の某国とは、似て非なる行列だ。結局、私たちが入店できたのは正午を回るくらいだった。


 ようやく入店したそこは仄暗ほのぐらく、外の光でなんとか商品名を確認できる程度の明るさで、買い物の歩調を重くさせた。

 自動ドア(手動ドア)を抜けてすぐのところに、菓子パンがごちゃっとカゴ売りされており、『おひとり様一点』と手書きのPOPが貼付ちょうふされていた。

 この状況下での炭水化物は、素直にありがたかった。


 けれど、どうしても棚のあちこちはスカスカである。供給が止まっている中で、あるものを提供してくれているのだから、決して文句なんて言えない。

 栄養はないが、脂質と糖質があればなんとか生きられそうな気がしたので、私は思わずジャムやら、甘ったるいフルーツの缶詰やらをカゴに入れた。


 奥まった鮮魚コーナーなんて、闇そのものだった。こんな状況で生魚を買う人は少ないだろう。鮮度だって気になるところだ。やはり売れ残っているのは、調理が必要な『すぐに食せない』である。

 高野豆腐はここでは役に立たない。カレー粉には誰も目を向けない。インスタント味噌汁は、そもそも作れない。

 そんな状況で我が家は、値引きされていた小さな牛肉パックを購入した。


 買い物を終えて会計しようにも、当然レジが動かないので、店員さんたちが必死に商品の値段を調べ、そのあと電卓で計算し、現金のみで会計する流れだった。

 入店までに二時間。買い物で二十分弱。レジ待ちで三十分弱。

 要するに行って帰って、三時間は覚悟しなくてはいけないということだ。

 地獄の買い物を終えて帰宅し、カーペットの上にぶっ倒れた。じつもって疲れた。

 あすは買い物に行きたくない。これが本音だった。


 さて。

 都市ガスが止まった今、プロパンガスは最強である。

 都市ガスが使えない今、カセットコンロは至高のお供である。

 けれど我が家はどちらも常備されていなかった。だので、石油ストーブの上にフライパンを乗せ、薄く油を引いて、スーパーで買った期限ギリギリの肉を焼いて、タンパク質を補った。

 被災しながらも肉をいただけるなんて、贅沢な気分になった。


 一日。必死になって手に入れた糧に――

 いただきます。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・災害時のポイント9

 食料調達は容易ではない いざという時の備えを今すぐ用意するべき

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