18話



      §      §      §



 そこは――ある種のだった。


 鬱蒼と樹々が生い茂り、脛まで伸びた草によって地面は覆われ、前を見ても下を見ても、、視界が通っている部分はない。



「……ふん。学園の地下にここまで大掛かりな空間をこさえているとはな……。学園、いや御国のお偉方のオツムはよほどらしい」


「それほど覚者かくしゃの覚醒には旨味があると考えているのでしょう」


「そのようだ。さながら私たちは出汁スープを取るためといったところか……気に入らんな。ああ、気に入らんとも。

 こちらのはらわたはすでに煮えくり返っているというのに、油を注ごうとする奴が後を絶たん。学園ここはいつからキャンベルの工場になった?」



 腹の焦がす熱を逃がすように大きく紫煙を吐きだす。その煙の濃さが、そのまま昧弥まいやの苛立ちの濃度を表しているようだった。



「そりゃあオレのセリフだってぇのぉ。せっかくのデートだっていうのにさ~ぁ? いつの間にピクニックになっちまったのよ?

 おいおぉい名子残なこごりちゃ~ん、さすがにこれは野暮ってぇヤツじゃあないかぁ?」



 白くけぶる空気の中で、殻木からきがポケットに手を突っ込み、上半身を発条仕掛けのように揺らしている。

 軽薄な雰囲気は崩れていないが、言葉の端々に剣呑な不機嫌さが滲んでいる。


 それに対して結紀ゆうきはムッと眉間にしわを寄せ、甚だ不本意だと目を尖らせながら口を開いた。



「さすがの俺も、そんな穏やかな気分でここにはいないよ。それと俺のことは結紀と名前で呼んでくれ、苗字で呼ばれるのは苦手なんだ」



 ズレた反論をする結紀に、殻木もさすがに抑えが利かなくなってきたのか、額に手を当てながら天を仰ぐ。



「ちっげぇよぉ~。そうじゃねぇえんだわ、テメェのお気持ちとか呼び方とか、んな心底どうでもいいことじゃねぇえんだわ問題はよぉ。

 オレが訊いてんのはさ~ぁ、なんでここにいんのかってぇ話。誰よ、勝手に誘った奴ぅ~。場違いにもほどがあんよ?」



 首を伸ばすようにして、下から煽るように睨めつけながら迫ろうとした殻木を、ユクとココが前に出ることで遮った。


 三つの視線が空中でぶつかるのと同時に、漏れだしたカルマが衝突して空間を歪めるようにせめぎ合う。



「どいてくんね? チビッ子はお呼びじゃあねぇ~んだよなぁ」


「そっちこそ。それ以上進んでみな……ブッ殺すよ?」


「侵入即殺、慈悲無用。臭せぇんだわ、近寄んな」



 結紀と話すときとは異なる、まるで別の人格が顔を見せているかのような物騒な言葉が二人の口から吐きだされたのに、さしもの殻木も小さく目を見開いた。


 しかし、覚者ならまぁ珍しいことでもないかと割りきり、さらに圧が強めるよう、地面を踏み鳴らすようにわざと大きく一歩踏み込んでみせた。



「それ以上近づいたら……なんだってぇ?」



 瞬間、二人の瞳に殺意が仄暗く灯った。



「――テメェ」


「――コロス」



 二人は躊躇なくその挑発に乗り――踏みだそうとした瞬間、襟首を後ろから引かれて止まった。



「二人とも落ち着いて、俺らの相手は殻木君じゃあないだろ。ここに来た目的を見失ったら本末転倒だよ。殻木君も、無意味に挑発しないでくれ。俺らは君と争いに来たんじゃない、助けに来たんだ!」



 その物言いの傲慢さを、結紀は理解どころか感じることすらなく、曇りのない正しさで口にしていた。

 だからこそ、それが余計に殻木の堪忍袋をいたずらに刺激し、ピクピクと痙攣するように口の端を震わせた。



「……へぇ~。つまりなんだぁ? テメェらはオレのお守りに来たってぇことかよ? おいおいおぉい、随分と可愛がってくれるじゃぁあん。

 泣いちまいそうだよ。――で? 誰よ、テメェを寄こしたのは?」



 額に青筋を浮かべながら額を突き合わせるようにしてガンをくれる殻木を、結紀は二人を両手に抱えたまま、まっすぐ見返した。



「誰の指示を受けたわけでもない、俺は俺の意思でここにいる。枝薙えだなぎから君が彼女に闘禅を申し込んだのを聞いて、俺も飛び入りすることが少しでも君の生存率を上げることに繋がるって考えたんだ」



 殻木は枝薙の名前を聞いた瞬間、僅かに眉を跳ね上げ逡巡する。


 そして数秒の黙考から抜けだすと、あからさまに眉間にしわを寄せた苦み走った顔で溜息を吐くと、俯いてガリガリと後頭部を掻き毟った。



「アイツかぁ~……なるほどなぁ……。こりゃあ、そこから他所に漏れることを考慮してなかったオレがぁ悪ぃかぁ~……。あぁ~ぁ、下手打っちまったなこりゃあ。どうすっかな~ぁ……先に事故処理しとくかぁ?」


「だから物騒なことを言わないでくれ! それでなくても二人は血の気が多いんだから。それに俺たちで争ってる余裕なんてない、違うか?」



 試すように問いかけ、結紀は殻木の肩越しに向こう側を見やる。

 それの意味は確かめるまでもなく、殻木も重々承知していた。



「――チッ。わぁ~ってるよぉ。オレだって横槍が入ったくれぇで、せっかくのデェトをおじゃんにして堪るかってぇの。

 だけどなぁ、テメェと共闘する気も毛頭ねぇぜ? オレぁオレで好きにやらせてもらうからよ~ぉ、テメェも好きにやったらいい」


「ああ、初めからそのつもりだ。だから――死ぬなよ」


「さっきからテメェはよぉ――誰に物言ってると思ってんだ?」



 絡み合っていた二人の視線は引き剥がされ、並ぶように同じ方へと向けられる。



 いつの間に用意したのか、鉄製のガーデニングチェアに腰かけ、優雅に紫煙を燻らせる昧弥へと――。


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