無色のノエルは自重がデキナイ 4

 準備完了の知らせを受け、ノエルとアレクシアは部屋を出る。そのまま孤児院の隣にある工場へと向かうと、途中でフィーナと出くわした。


 フィーナはなにか言いたげに、だけど胸の前できゅっと手を握って耐えている。ノエルが子爵家の令嬢だと知って、いままでのように話しかけられずにいるのだろう。


「おはよう、フィーナ」


 ノエルが胸の横で小さく手を振ると、フィーナはぱーっと表情を輝かせた。


「おはよう、ノエルお姉ちゃん! アレクシア様もおはようございます」


 子犬のように駆け寄ってくる。その上で、アレクシアに挨拶を忘れないフィーナは礼儀正しい女の子だ。アレクシアもその人懐っこさに少し驚きつつ、おはようと笑顔で応じた。


「約束を破って、工場に忍び込んだりしてない?」

「してないよ~」

「そっかそっか、良い子だね」


 ノエルは笑って、フィーナの頭を優しく撫でつけた。


「私はアレクシアお姉様と工場に行ってくるから、後で色々と説明するね」

「うん、待ってる!」


 聞き分けの良いフィーナを置いて、アレクシアを連れて工場へと移動する。同時に、アレクシア直属の使用人達が、ノエルが要望した材料を工場へと運び込んでいく。

 それは炎の魔石や綿だけでなく、木材やインゴットも含まれている。


「……外は立派だけど、中は見事に空っぽなのね」


 工場の中を見たアレクシアが拍子抜けしたように呟いた。


「青系統の錬成魔術は加工できるだけで、無から有は作れないんです。だから必要に応じて設備を追加できるように、建物を優先して改装しました」

「……ホントに、貴方が改装したのね」


 アレクシアが呆れたように呟く。アレクシアは既に信じているようだが、彼女が連れている側近は半信半疑のようだ。ノエルはそんな彼らにちらりと視線を向ける。


「アレクシアお姉様、失礼を承知で確認しますが、彼らは信用していいんですよね?」

「それは用件によるわね」


 アレクシアがちらりと護衛騎士の一人に視線を向ける。視線を向けられた護衛騎士はけれど、無言でその視線を受け止めた。

 その反応から、ノエルはおおよその事情を理解する。


「……質問を変えます。サイラス兄さんに情報が流れますか?」

「それはないわ」


(やっぱり、お父様に情報が流れてるのか。まぁ……そっちならいいか)


 可能であればアレクシアに後を継いで欲しいと、ラッセルが願っているのは確認済みだ。であれば、アレクシアが不利になるような情報漏洩はしないだろう。


「では――実演して見せましょう」


 ノエルは青い魔力を使い、工場全体に広がるような大きな魔法陣を描き出した。


「なっ、青い魔法陣!? しかもこんな大きな魔法陣をノエルお嬢様が!? ――っ、一体なにをするつもりですか、ノエルお嬢様!」


 アレクシアを護る騎士達が、とっさにアレクシアを背後に庇う。騎士の一人が剣の柄に手を掛けるが――それをアレクシアが制した。


「落ち着きなさい! ノエルは私を攻撃するような子じゃないわ」


 アレクシアが護衛の動きを止める。

 空気を読んで魔術を待機させていたノエルは「驚かせてごめんなさい」と謝罪。「これから錬成魔術を使いますが、みなさんに危害が及ぶことはありません」と補足した。


 だが、なぜかアレクシア達からは信じられないといった目で見られてしまう。


「……あの、信じられませんか?」

「いえ、そうじゃなくて……なんというか、ノエル。あなた、これだけの魔法陣を展開しておきながら、会話をする余裕があるの?」

「……え?」


 どういうことかと首を傾げる。

 ノエルは思考を巡らし、精密な魔法陣を展開するのは中級以上の実力がなければ難しいこと。その上で、展開した状態を維持するのは更に難しいことを思い出す。


「あ~えっと、その、一応は魔法陣を維持しながら会話できていますが、実は一杯一杯だったりするので、そこまで魔術が得意な訳ではありませんよ?」

「……と、言い訳を思い付くくらいに余裕なのね」


 呆れられてしまった。

 アレクシアの側近達にいたっては、信じられないといった顔をしている。ノエルは言い訳を諦め、さっさと錬成魔術を発動させることにした。


 目を瞑り、魔術の範囲内にある物質を知覚。

 それらを使い、頭の中に思い浮かべた設計図通りの道具を生み出していく。リディアだった頃よりは断然遅いが、以前よりは慣れたために十秒足らずで構築を終えた。

 魔術を発動すれば、紡織機や織機が工場にずらりと並ぶ。


「な、なな、なっ、なんだこれは!?」

「ただの動力型の紡織機と織機です。水車式とか……ないですか?」


 ノエルが問い掛けるが、アレクシアの側近は困惑している。


「お姉様もご存じ……ありませんか?」

「水車の動力を使った、小麦粉を挽く機械なら知ってるけど……」

「あ、それと原理は似たようなものです」

「そう、なんだ……?」


 周囲から「粉を挽くのと機を織るのが同じなのか?」なんて聞こえてくるが、動力によって動くという原理は同じなので、ノエルが嘘を吐いている訳ではない。

 ただちょっと、カテゴライズが大雑把なだけである。


「えっと……ノエル。ひとまず、貴方が作ったというのは理解したわ。でも、動力型と言ったわね? ここに川なんてないはずだけど……どうするつもり? まさか、孤児院の子供達に水車を回させる訳じゃないわよね?」

「……お姉様、発想が可愛い」


 フィーナが水車の内側をとてとて走る光景を想像したノエルはほっこりと笑う。

 とたん、アレクシアの顔が赤く染まった。


「ち、違うならいいわ。それじゃ、どうするの?」

「炎の魔石、ありますか?」

「ええ。言われたとおり用意してるわよ」


 アレクシアがそういうと、メイドが炎の魔石が入った木箱を差し出してくる。ノエルはそのうちの一つをつまみとって、魔導蒸気タービンにセットした。


「それは……?」

「水車の代わりとなる魔導具です。私が錬成魔術で作りました」


 しばらく待機していると、蒸気によってタービンが回り、その駆動音が響き始める。


「な、なんの音!?」

「ご心配なく。ただの、タービンが回る音です。衝動タービンと反動タービンを使った、エネルギー変換効率がとても高いタービンですよ」

「……うん、なにを言っているかまったく分からないわ」


 アレクシアが呟く。


「まぁ、見せた方が早いですよね」


 ノエルは紡織機に綿をセット。

 先日と同じ手順で次々に糸を作っていく。


「こ、こんな、まさか……このようなペースで糸が出来ていくというの?」

「ごめんなさい、遅すぎましたか?」

「早すぎるのよ!」


 逆だったかーと、ノエルはちょっとだけ反省した。


「……あの、ノエルお嬢様、一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「はい、なんですか?」


 アレクシアの側近に問われたノエルは首を傾げる。


「さきほどタービンとおっしゃったように思えるのですが……まさか、魔導蒸気タービンのことでは、ありませんよね……?」

「あ、うん、魔導蒸気タービンだよ。やっぱり知ってる人がいたんだね」


 答えを得たアレクシアの側近が口から魂を吐き出した。

 それを見たアレクシアが怪訝な顔をする。


「……貴方、ノエルの作った物がなにか知ってるの?」

「知ってるというか……アレクシアお嬢様も存在はご存じだと思います。王都に現存するアーティファクトの一つ。それが魔導蒸気タービンと呼ばれています」


 側近のセリフにアレクシアがカッと目を見開いた。


「王都に現存するアーティファクト!?」

「はい。もはや再現すら不可能と言われている神話時代の遺物です。王都から離れた土地の、それも孤児院にあって良いような魔導具では決してありません」


 二人のやりとりを聞いた者達が、信じられないといった視線をノエルに向ける。


「ノエル……貴方は一体、何者なの?」

「何者もなにも、ただの子爵令嬢ですよ?」

「ただの子爵令嬢はさらっとアーティファクトを錬成したりしないわ!」

「じゃあ、ちょっと錬成が得意な普通の子爵令嬢ということで」

「え、え? それなら、納得……なのかしら???」


 アレクシアが混乱している。


「落ち着いてください、アレクシアお嬢様。到底受け入れがたい事実ではありますが、目の前に魔導蒸気タービンがあるのは事実、これはお嬢様にとって非常に好機です」

「そ、そうね……たしかにこれがあれば、私が領主になることも夢じゃない。というか、すぐにだって領主になれるし、うちの爵位を上げることも可能でしょうね。だけど――」


 アレクシアはひどく真面目な顔をして、まっすぐにノエルの顔を見つめた。


「ノエル、ウィスタリア子爵家の次期当主には貴方がなるべきよ」

「私は――」

「なにを言い出すのですか、アレクシアお嬢様!」

「そうです。サイラス坊ちゃんに後れを取らぬようにいままで頑張ってこられたではありませんか。それなのに、このようなチャンスを手放すおつもりですか!?」


 ノエルの返事を遮り、アレクシアの側近達が一斉に説得を始める。

 けれど、アレクシアは首を横に振った。


「私が当主を目指したのは、サイラスが当主になるのを阻止したかったからよ。だけど、ノエルはどう考えても私より優れてる。それに、これは私の手柄じゃないわ」

「いや、ですが……っ」


 アレクシアの側近達が物言いたげな顔をする。

 さきほど、ラッセルに情報を流していると言われていた騎士までもが似たような顔をしている。それだけ、アレクシアは仲間に慕われているのだろう。


 だけど、それでも、アレクシアは考えを曲げない。それに絆されたのか、側近達も「お嬢様がそうおっしゃるのならなにも申しません」とアレクシアの判断に恭順の意を見せた。

 そして――


「ノエル、次期当主に相応しいのはあなたよ。だから、貴方が当主になりなさい」

「イヤです」


 アレクシアの覚悟ある提案をノエルがあっさりと蹴り飛ばす。

 その場になんとも言えない空気が流れた。


 結果的にアレクシアに貢献しているとはいえ、ノエルの行動はかなり怪しい。アレクシアを支える者達にとっては面白くないやりとりのはずだ。

 それでも、アレクシアの意思を尊重したのか、彼らは口を挟まない。


(お姉様思いの優しい人達だね)


 自分の行動が姉のためになる限りは信用できるだろう。いまのやりとりからそう判断したノエルは軽くぶっちゃけることにした。


「私は正直、領主の地位に興味はありません」

「もしかしたらそうかなとは思っていたけど……理由を訊いてもいい?」

「向いてないからです」

「そうかしら? あれだけの魔術を使える領主なんて他にいないわよ」

「そうじゃなくて……」


 ノエルは少し考えて、ポンと手を打ち合わせた。


「二人と一人、どちらか片方しか救えないと言われたらどうしますか?」

「両方が無理なら二人を確実に助けるわ」

「じゃあ、二人の合計よりも、一人の方が領地に貢献していたら?」

「それは……一人の方ね」

「なら、二人はよく働き、もう一人はとても虚弱な――友達なら?」


 アレクシアは目を見張って、きゅっと唇を噛んだ。ここで答えあぐねるアレクシアは、領主として必要な冷酷さと、人としての優しさを兼ね揃えている。


「アレクシアお姉様なら素敵な領主様になると思います。でも、私は迷わず友人を救いますし、いけ好かない相手なら見捨てます。だから、向いてないんです」

「……分かった。あなたにその気がないことはよぉく、ね。だから、あなたはそれだけの力を持ちながら、自分じゃなくて私を当主にしようというのね?」


 少し呆れた口調が帰ってくる。


「アレクシアお姉様は当主になりたくない訳じゃないんですよね……?」

「ええ。他に適性者がいたら譲るつもりはあるけれど、なりたくない訳じゃないわ。私はこのウィスタリアをもっと豊かな領地にしたいと思っているの」


 その答えにノエルはほっと安堵の息を吐く。


「なら、アレクシアお姉様が次期当主になってください」


 満面の笑みで告げるノエルに、アレクシアを苦笑いを浮かべた。


「可愛い妹の頼みなら断れないわね」

 

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