無色のノエルは自重がデキナイ 1

 翌日、ノエルはまたもやお屋敷を抜け出した。

 髪はストレートのツインテールに変えて可愛らしく。

 服装は昨日と同系統で、ブラウスはノースリーブにして、ボレロはメッシュに変える。スカートはチェック柄のプリーツにして、再び同じ効果を付与した。

 でもって、昨日着た服は錬成魔術で新品にして手提げ鞄にしまってある。

 そんなノエルが向かうのは町の服飾店である。


「ようこそいらっしゃいまし……た? そ、そのデザインは一体……っ」


 店員らしき若いお姉さんがノエルの服装を見て目を見張った。ノエルは不思議そうに、自分が身に着けている服装をチェックする。


「どこかおかしい?」

「いいえ、いいえ! 斬新なデザインでありながら、不思議と洗煉されている。これはとても素晴らしいデザインですっ!」

「そう、ならよかった」


 安堵するノエルに、店員のお姉さんが掴みかかってきた。


「あなた、この服を一体どこで手に入れられたんですか!?」

「どこって言うか……私が作ったんだけど」

「作った? では、デザインをしたのはどなたですか?」

「それも私だよ」


 前世で流行っていた系統なので、正確にいうのであればアレンジに近い。だが、前世の記憶を頼りに、自分に合わせてデザインした服であることには変わりない。


「……あなたが、この服を?」

「信じられないなら信じなくていいよ」

「……いえ、驚くべきことですが事実でしょう」

「へえ……どうしてそう思うの?」


 十三歳の小娘が作ったと聞かされても普通は信じない。なのに、どうしてそんな風に思うのかと、ノエルは店員に対して興味を抱く。


「身体のラインに合わせて皺一つない縫製。あなたの背丈から考えれば、ごくごく最近、あなたのために作られた服であることは間違いありません」

「正解。でもそれだけじゃ、私が作った証明にはならないよ」

「はい。ですが、あなたは髪型を含めて完璧に着こなしている。服のコンセプトを完全に理解している証拠です。それでも、制作者があなたに近しい人物である可能性などもありますが、私の勘は制作者があなただと言っています」

「……凄いね」


 最後は直感に頼っているとはいえ、そこに至る分析は見事に当たっている。彼女自身も服に対する造詣がかなり深い。服職人として優れている証拠だろう。


(この人なら、適正な評価をしてくれそうだ)


 ノエルは目的を果たすため、鞄にしまっていた服を取り出す。


「この服を買ってくれないかな?」

「これは……っ、これまた洗煉されたデザイン。それに……手触りも素晴らしい! 代金は、この店の経営権でいかがですか!?」

「……え? いや、さすがにそれは」


 まったくもって適正な評価じゃなかった。

 買い取り値段が予想外すぎるとノエルは困惑する。


「くっ、やはり経営権くらいでは足りませんか」

「いや、高すぎって意味なんだけど……」

「なにをおっしゃいます! デザインもさることながら、見たこともないほどに上質な生地で作られた服。お貴族様に売れば、小さな店を買う資金くらいすぐに手に入りますわ!」


 物凄い勢いで詰め寄られる。


「待って、ちょっと落ち着いて。そもそも、あなたがこの店のオーナーなの?」

「失礼いたしました。私はこの店のオーナー兼デザイナー兼パタンナーのエリカです」

「あ、うん。私はノエルだ」

「ノエル様ですね。ここは見ての通り小さなお店ですが借金などはありません。ですから、どうか、この店の経営権と引き換えに売ってください。決して後悔はさせません」

「いや、高すぎだよ。どこの世界に、一着の服にそんな値段を付ける人がいるんだ」

「なにをおっしゃいますか。複数の付与がなされているエンチャント品ならお屋敷が建てられるほどの値が付くのですよ?」


(ちょっと待って。複数の付与をしたらアーティファクト扱いなんて聞いてないよ。五つほど付与した記憶があるんだけど……)


「あ~エリカさんだっけ? その、参考までに聞いておきたいんだけど、複数の付与って、いくつくらいのこと? 七つくらい……?」

「まさか、七つなどあり得ません。現代で可能なのは二つまでだと言われているので、三つからアーティファクトと呼ばれます。四つなら国宝級でしょうね」


(あ、これ、バレたらダメなヤツだ)


 四つで国宝なら、五つならどうなってしまうのか。

 効果自体は大したことないが、だから大丈夫と考えるほどノエルは楽天家ではない。


「ま、まぁでも、この服はエンチャント品じゃないし?」

「はい。ですが、この服はデザインもさることながら、古代の遺物と見紛うほどの生地を使っているではありませんか。お店の経営権くらいの値は付きます」

「そ、そっか……」


(うぅん、どうしようか)


 暴利をむさぼりたくないだけであって、買い取ってはもらいたいと考えている。それに、前世の記憶を頼りに作った服を評価されることはわりと嬉しい。

 そう考えたノエルは妥協案を探す。


(いま、生地が高いって言ってたよね? だったら……)


「そうだ。この服のデザインを売るというのはどうかな?」

「よろしいのですか!?」

「うん」

「では交渉成立です。今日よりこの店のオーナーはあなたです!」

「うん……うん?」


 ノエルはコテンと首を傾げた。


「えっと……服自体を売るんじゃなくて、デザインを売るだけだよ?」

「この服を大々的に売り出せば、大きな利益になることは分かりきっています。その利益による対価は、あなたにお店の経営権を渡すくらいがやはり妥当です」

「だ、妥当かなぁ……」

「妥当です」

「でも――」

「妥当です」

「はい」


 こうして、ノエルは服飾店のオーナーになった。というかなってしまった。しかもエリカはとても手際がよくて、そのまま契約まで交わしてしまった。


 ただ、ノエルが欲しかったのは店の権利書ではなく少額の現金である。エリカに事情を話した結果、そう言うことならとひとまず必要なお金をもらった。

 そんな訳で、目的を達したノエルは孤児院へと足を運んだ。


「ノエルお姉ちゃんっ!」


 孤児院に入ると、ノエル来訪を聞きつけたフィーナが飛んできた。

 文字通り、ノエルの胸に抱きついてくる。


「こんにちは、フィーナ。元気にしてる?」

「うんっ! 聞いて聞いて、孤児院の借金がなくなったの!」

「そうなんだ、よかったね」


 ノエルは優しく微笑んで、フィーナの頭を撫で――ようとして引っ込めた。頭を爆発させてしまうと不安になったからだ。

 だが、それに気付いたフィーナが「いいよ」と口にする。


「え、でも……」

「私、ノエルお姉ちゃんのこと信じてるから!」


 信頼の眼差しを向けてくるが、残念ながらノエル自身は自分を信じていない。触れるのは危険だと思うが、フィーナはじぃっとノエルを見上げている。

 ここで頭を撫でなければ、逆にフィーナを不安がらせる結果となるだろう。


(大丈夫、大丈夫大丈夫っ。吹っ飛ばない。もし吹っ飛んでも生き返らせれば大丈夫だ!)


 ノエルは不穏なことを考えながら、おっかなびっくりとフィーナの頭に手を乗せた。しばらく待ってみるが、フィーナの頭が吹っ飛ぶことはない。

 ノエルは安堵して、フィーナの頭を優しく撫でた。


 それからほどなくリゼッタがやってきて、院長先生が会いたがっていると告げられる。リビングへと向かうと、すっかり血色の良くなった院長先生が出迎えてくれた。


「お待ちしていました、ノエルさん。さぁ、椅子に掛けてください」

「それじゃお言葉に甘えて」


 小さな机を挟んで向かい合って座る。


「それで、話があるって聞いたけど……?」

「はい。その……孤児院の借金がなくなったという話はご存じですか? 正確には、ウィスタリア子爵家のご令嬢が悪事を暴き、孤児院のオーナーになってくださったんですが」

「フィーナがそんなことを言ってたね」

「フィーナから聞くまでもなく、ご存じだったのではありませんか?」


 真剣な眼差しで問い掛けてくる。

 ノエルは即答せず、しばし院長先生と無言で見つめ合った。だが、これはどうやら誤魔化せそうにないと感じ、降参とばかりに戯けてみせた。


「……私はただ、彼らが怪しいって、ある人に伝えただけだよ」

「やはり、ノエルさんのおかげだったんですね」

「話、聞いてた? 私は大したことしてないって」

「そんなことありません。ノエルさんがその話をしてくださらなければ、いまも私達はあの人達の企みに気付けずにいたでしょう。貴方は私達の恩人です」

「……なら、どういたしまして、かな」


 自分の判断は間違ってなかったと、ノエルは破顔する。


「実はね、私がここに来たのは、もっと孤児院の力になりたいからなんだ」

「……力に、ですか?」

「うん。実は私、錬成魔術を使えるの」

「錬成魔術、ですか? そういえば、ポーションの容器、あの恐ろしく美しいガラス瓶を作ったのは貴方だと、フィーナが言っていましたが……」

「そう、それ。私なら、この建物を新品のように綺麗にしてあげられるよ」


 どうかなと、ノエルは無邪気に問い掛けた。

 それに対し、院長先生は困惑する。


「それは、その……非常にありがたい申し出ですが、借金がなくなったとはいえ、お金にはまったく余裕がない状況でして……」

「知ってる。だから、お金なんて請求しないよ。ただ、協力して欲しいことがあるんだ」

「それは……なんでしょう?」


 院長先生の瞳にわずかながらも警戒の色が滲んだ。だが、彼女達は金貸しと薬師に騙されたばかり。子供達を預かる立場の者としては当然の反応であるとノエルはむしろ評価する。


「率直に言うよ。私は子供達に手仕事を与えて、その報酬で孤児院の経営状態を立て直したいと考えているんだ。私の望みは、志願してくれた子供を働かせる許可、だよ」


 院長先生が目を見張った。


「……どうして、私達にそこまで気に掛けてくださるのですか?」

「頑張ってる人には報われて欲しいと思うから、だよ」


 アレクシアとの取り引きもあるが、それはなにも孤児院を交渉材料にする理由はない。ノエルが孤児院を救いたいと思ったのは、院長先生と前世の自分を重ねているからだ。


「分かりました。オーナーが領主様のご令嬢になったとはいえ、経営状態がこのままでは迷惑を掛けることになると心配していたところです。だから、ノエルさんを信じます」

「……え、もう信じちゃうの?」


 さきほどの警戒はどこへ行ったのか。

 もっと疑わないと危ないよと、ノエルは逆に心配してしまう。


「ノエルさんの言葉には、その端々から私や子供達への配慮が感じられました。恩人でもあるあなたの言葉が信じられなければ、他の誰も信じることが出来ません」

「そっか……」


(嬉しいなぁ……)


 ノエルは口元が緩むのを止められなかった。

 さきほどのセリフ、ノエルは子供達に手仕事を与え、対価を渡すと口にした。その上で、院長先生の許可の元、自主的に名乗りを上げた子供のみを働かせるとも口にした。

 そういった気遣いを汲んでくれた者はとても珍しい。


 打てば響く。

 あるいは、情けは人の為ならずという言葉の通り、ノエルが心を砕いた分だけ優しさが返ってくる。この状況が心地よいと、ノエルは心の底から微笑んだ。


「じゃあ、今度は私がその信頼に応える番だね。錬成魔術を孤児院に使うんだけど、その前に貴重品とかをいったん外に出してもらってもいいかな?」

「外に……ですか?」

「たとえばあの壁の隙間を埋めるには、他所から材料を持ってこないとダメなんだ。だから、錬成魔術の材料に使ったら困るような大事なモノは避けておいて欲しい」

「なるほど、そういうことでしたか。では、すぐに準備いたします」


 すぐに出来ることでもないと、ノエルは日をあらためるつもりだったのだが、院長先生はすぐに取りかかると立ち上がった。

 でもって――


(なるほど、これならたしかにすぐだ)


 ほどなく、院長先生から準備が整ったとの知らせを聞いたノエルは、孤児院の前に集められた荷物を見て苦笑いを浮かべる。

 親の形見といった大事な品が数点あったくらいで、後は食料と着替えくらいだった。


「次はどうするのですか」

「錬成魔術を使用するんだけど……その前に、あっちの廃屋も改装して問題ない?」


 ノエルが指差したのは、孤児院の奥にある廃屋である。


「ええっと……ここは子爵家のご厚意でお借りしている土地なんです」

「じゃあ、子爵家に許可を取った方が良いかな?」

「いえ、建物は好きにして良いと言われているので問題ないと思います。ただ、あの廃屋は私達もまったく触っていないので、手を入れるのは大変ではないかと思うのですが……」

「大丈夫だよ。それに、孤児院を修復するのに、足りない材料を流用したいんだ」

「そう言うことであれば、ぜひ使ってください」


 院長先生から許可を得て、ノエルは胸の前でぎゅっと拳を握った。


「それじゃいまから錬成魔術を使うんだけど、子供達には離れてもらった方がいいかな。子供達を連れて、町へ買い物に行ってもらってもいい?」


 ノエルはそう切り出して、エリカから受け取ったお金を院長先生に差し出す。


「かまいませんが……なにを買えばよろしいですか?」

「炎の魔石をいくつかと、紡織用の綿。残った分は子供達のために使ってあげて」

「そこまでしていただく訳には……」

「いいからいいから」


 そういって院長先生を送り出した。院長先生はリゼッタと話し合う。その結果、院長先生はこの場に残り、リゼッタが子供達を連れて行くことになった。

 だが、フィーナが子供達の列から抜け出し、ノエルの元にやってきた。


「ノエルお姉ちゃん、私も残っていい?」

「えっと……どうして?」

「あのね、あのね、私もノエルお姉ちゃんのお手伝いをしたいの。……ダメ、かな?」

「ん~、そうだなぁ……」


(魔術は無闇に見せない方が良さそうだから、みんなを遠ざけようとしたんだけど……まあ、院長先生にも見せるんだし、フィーナは今更か)


 院長先生に視線を向ければ、お任せしますとでも言うように頷かれた。


「分かった。その代わり、私の言うことをちゃんと聞かなきゃダメだよ?」

「うん、ありがとう。ノエルお姉ちゃん!」


 ということで、この場には院長先生とフィーナが残った。リゼッタと子供達を見送って、ノエルは孤児院の隣にある廃屋に視線を向ける。


「まずは……廃屋を解体しようか」


 ノエルは自らの体内を巡る魔力から緑と赤を抜き、純度の高い青い魔力を生成。その魔力を使って、廃屋がすっぽり収まるような魔法陣を上空に描き出した。


 魔法陣の範囲内にある物質を知覚。それらを種類ごとにより分けていく。慣れない作業にノエルの脳が悲鳴を上げる――が、それをリディアとしての経験で押さえ込む。

 その間、およそ数十秒。

 脳内での構築を終えたノエルは魔術を発動した。

 でもって――


「解体、完了」


 次の瞬間、更地になった地面には各種素材が並んでいた。それを目の当たりにした院長先生が腰を抜かしてへたり込む。


 ちなみに、既に何度もノエルの魔術を目にしているフィーナは「ノエルお姉ちゃん、凄い、すご~い」とはしゃいでいる。この子は将来大物になりそうである。


「ノ、ノエルさん、なっ、なんですか、いまのは!?」

「錬成魔術だよ?」

「は、廃屋が一瞬で消失したんですが!?」

「消失した訳じゃないよ。素材は全部、あそこに纏めてあるでしょ?」


 鉄は鉄インゴットに、といった感じであらゆる素材が一纏めになっている。


「あの……あんな立派な木材とか反物なんてなかったと思うんですが……?」

「ボロボロの柱を錬成で木材にしたり、ぼろ布を生地に戻しただけだよ?」

「ソウデスカ」


 院長先生は遠い目をした。

 だが、本番はここからだと、ノエルは再び魔力の生成を始めた。


「それじゃ、次は孤児院を改修するね」


 今度はさきほどよりも大きな魔法陣を展開。孤児院の家屋と、さきほど廃屋を解体して手に入れた素材を魔法陣の範囲に収めた。


 まずは孤児院を構築する物質を種類ごとにより分けて分解。それに加え、さきほど分解した物質を使い、脳内に思い浮かべた設計図通りに孤児院を再構築する。


 先程以上の負荷が脳に掛かるが、むしろ一度目よりも手際よく構築を終えた。

 次の瞬間、ノエルは魔術を発動して――


 一階建てだった孤児院が、立派な二階建てになった。

 ついでに、廃屋の跡地にも工場が建っている。


「か、改修とは一体……」


 院長先生があんぐりと口を開けた。

 ノエルとて、この時代の技術力が衰退していることは既に理解しつつある。ゆえに、院長先生がなぜそこまで驚いているかは理解している。


 だからこそ自重しているのだが――自重してこれである。


 なお、自重しなかった場合、ノエルはいまの工程を一度の魔術で終わらすことが出来る。多少構築に時間は取られるが、その方がノエルにとっては楽だとも言える。

 だがそのレベルになると、前世の時代でも同じことを出来る物は皆無だった。


 複数回に分けることで、必要な魔法陣のレベルを大幅に落としているのだ。


 だが、あえてこの時代の常識を語れば、錬成魔術で建物を建てることは無論、解体することもあり得ないレベルである。

 工程を二回に分けたからといって、魔術の難易度が下がったと認識されることはない。一度ですべての行程を終えてしまった方が彼女達の驚きは少なかっただろう。

 だから――


「恥ずかしい話だけどまだ技量不足だから、二度に分けて頑張ったんだ」


 掻いてもいない汗を拭ってやりとげた感を醸し出す。

 ノエルの小芝居はむしろ逆効果であった。

 

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