第5話 ナナ

「よし、今日は皆でエデンダンスしようぜ」


竜也はそう言うと、音楽をかけた。


「エデンダンス? って何だ?」


淳が笑いながら訊く。


「太極拳をアレンジしたダンスさ」


「何でダンス?」


夏美がからかう様に言った。


「エデンに近付く為に、身体を軽くするのさ。それに、ダンスって楽しいだろ」


「分かったわ。どうやるの?」


明里がベンチから立ち上がって、竜也の隣に立つ。


「音楽に合わせて――こう」


言いながら竜也は右足を大きく踏み出すと、合わせて両手を前に真っ直ぐ突き出した。音楽に合わせて、足を戻し、今度は左足を踏み出す。正直、かなり笑える動きである。見ていた三人は笑いを噛み殺していた。


「ほら、皆も」


四人は横並びになると、竜也の動きに合わせてエデンダンスを踊った。スローな動きだが意外に体力を使う。しばらく踊っていると、西村がやって来た。


「お前ら、何やってるんだ?」


西村は笑いながら質問する。


「何って、ダンスですよ。エデンダンスです」


竜也が真面目な顔をして答えた。



「エデンダンス?」


「はい。エデンに近付く為に、心身を身軽にするんです」


「面白い事考えるな。俺もやって良いか?」


「もちろんです。先生もご一緒に」


五人は揃ってユーモラスなダンスを踊った。



 その変なダンスを見に来たのか、草むらから一匹の猫が現れた。キジトラ模様の毛皮に金色の目をしている。竜也はダンスを止めると、静かに猫に近付いた。猫は逃げなかった。竜也は優しく背中を撫でる。


「これで、動物も揃ったな」


竜也が呟いた。


「よし、お前ら。俺がコーヒー入れてきてやるから、休憩にしないか?」


西村はそう言うと、校舎へ向かった。三人はダンスを止めて、ベンチに座る。竜也は猫を抱き上げて、テーブルの上に乗せた。


「野良かな?」


淳が猫を撫でる。


「どうかな? 人を恐がらないから、何処かの飼い猫じゃないか? まあ、でもこれで動物も揃ったし、エデンらしくなったな」


「小さなライオンみたいなものね」


明里が笑う。


「名前をつけない? まあ、何処かの家で既に名前はあるだろうけど」


夏美が提案した。


「そうね……女の子だから、ナナはどうかしら?」


「良いね、ナナにしよう」


竜也はそう言うと、ナナ、と小さく囁いてナナの頭を撫でた。



 そうこうしているうちに、西村がトレイにコーヒーカップを乗せてやって来た。西村はトレイをテーブルの上に置いた。


「コーヒー持ってきたぞ」


「ありがとうございます」


四人は一斉にそう言うと、各々カップを取った。


「その猫はどうするんだ?」


西村が訊く。


「ナナですよ。別にどうもしません。このままエデンに来てくれれば、よりエデンらしくなって良いけど」


「そのエデンだがな。旧約聖書のエデンの園だろう? 何だって、そんな物再現しようと思ったんだ?」


「俺が思うに、エデンっていうのは宇宙にあるんじゃないかと思うんです。かつて人類も、その至福の空間に居たんだけど、どういう訳か地球に落っこちて、それで繁殖やら経済活動やらをひたすら続けて来たけど、もうそれは良いんじゃないかって思うんです。俺は宇宙の至福が欲しいんですよ」


竜也がそう説明すると、西村は目を丸くして、そして、ウーン、と唸った。


「お前、凄いこと考えるな。普通の高校生なら、進学の事とか、女の子の事とか、そんな事で頭が一杯だろう?」


「いけませんか?」


「いや……いけないとは言わないがね。ただ、そういうのは社会では受け入れられないだろうなあ」


「だからここでクラブやってるんですよ」


「……成る程な」


竜也はコーヒーを一口飲むと、空を見上げた。傾いた日が、西の空を赤く染め始めていた。



「……俺も、昔はそんな事考えたりもしたよ……でも、大人になるに連れて、やっぱり嫁さんもらって、子供を育てなきゃ、とか思うようになって、そんなロマンは忘れていったな……」


西村はポツリと呟いた。


「先生も、そんな事考えたりしたんですか?」


明里がちょっと意外、という顔をして訊いた。


「うん。夜空を見上げて、宇宙を旅してみたいとか思ったものさ」


「じゃあ、今からでも遅くないから、俺達と宇宙を目指してみたらどうですか?」


「目指すって、それで宇宙へ行けるのかね?」


「宇宙への通風口は、多分心の中にあるんですよ。肉体を持っている間は、行けたとしても物理宇宙にしか行けないけど、通風口からなら、エデンへ行けるんじゃないかな?」


「そうなのか?」


「……多分」


「面白いな。お前は面白いよ、海野。じゃあ俺も参加しても良いかな?」


「もちろんです」


「で、何をすれば良いんだ?」


「特に何も」


「は?」


「敢えて言うなら、ここで疑似楽園を再現して、安らぐ事でエネルギーを調整するんです。そうやって意識を宇宙の楽園へ合わせていくんですよ。そうやっているうちに、時が来たら……きっと宇宙へ出れますよ」


「……よく分からんが、まあやってみるか」


西村はそう言って笑うと、コーヒーを飲んだ。

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