毟り取る男、富賀河透流 3

【一月三十日 十四時五十八分(EST)】


「ふあ……あぁ」


 富賀河ふかがはホテルの前、スマートフォンで時刻を確認すると、ひとつ大きなあくびをした。


――これが時差ボケってやつか? ひどく眠いな。


 剣ヶ峰つるぎがみねに指定された待ち合わせ時刻は午後三時。富賀河はチェックアウトを済ませ、ホテルの前に出てきていた。

 ほどなく、黒塗りの車が目の前に横付けする。昨日と同じ車のようだ。

 後部席のパワーウィンドウが開く。現れたのは、中性的な面相、ニコやかな笑顔。


「どうも、富賀河さん。お久しぶりです。剣ヶ峰です」


――ああ、そうだ。こんな顔だったな、コイツ。


 おぼろげになっていた「剣ヶ峰」の顔の記憶を目の前の最新映像で更新すると、富賀河は後部座席に乗り込んだ。


「アトランタはどうでしたか? 富賀河さん」

「あぁ~……よくわかんなかったわ。俺には旅行は向いてないな、やっぱり」


 この日の午前中、富賀河は剣ヶ峰の勧めに従ってアトランタ市内をぶらついてみた。だが、不案内な土地、街中を飛び交う英語、時差ボケのだるさ、それらが手伝って早々に観光を切り上げると、あとはホテルの部屋で日本から持ち込んできていた漫画を読んで過ごしていた。


「アトランタは公園のお散歩がおススメだよ!」


 そう言ってピョコン、と前の助手席から顔をのぞかせたのは、安芸島あきしまかおるだ。

 不意に出現した安芸島の声と姿に、富賀河は多少驚かされた。


――コイツ、いたのか。名前は……。

 

 このボブヘアーと顔つき、剣ヶ峰よりは鮮明に富賀河の記憶に残っていた。名前もすぐに思い出す。


「カオルちゃん、だっけか。元気してた?」

「おかげさまで~。ダーリンと四六時中いっしょでパワー全開だしね~」


 富賀河の横で剣ヶ峰が、愛おしそうに目を細めて安芸島を見ている。


――ケッ……。気持ちの悪いヤツらだ。


「そういえばさ、ネットって見れないのか?」

「ネット? インターネットですか?」

「そう。なんかこっちついてからケータイでネット見れないんだよな」


 富賀河は漫画を読みだす前にスマートフォンでのネット接続を試みていたのだが、それができなかったのだ。


「ああ~……。富賀河さん、海外対応の契約にしてないんですね」

「海外対応?」

「そうです。安心してくださいよ。ボクの別荘ではWiFiワイファイを用意してありますから。『ダウト』プレイにもネット環境は必要ですしね」

「ネットないとイマドキ、何もできなくなるよね~」


――ネットだけじゃない。金も必要だよ。カオルちゃん。


 のんびりと観光したり、イチャつきを見せつけられるためにアメリカくんだりまで来たわけじゃない。お前たちから金をむしり取るために俺は来たんだ。


――早く「ダウト」がしたいぜ。


 一時間弱ほど車に揺られ、富賀河、剣ヶ峰、安芸島の三人が降りたところは、アトランタの喧騒からはかけ離れた、のどかな、土地が広々とした住宅街だった。


「ここはメ―ブルトンというところです。そして、これがボクの別荘」


 剣ヶ峰が指し示したのは、目の前の白塗りの家だった。

 玄関がある二階建て建屋が左側。もう半分、右側は前面に突き出すような形の平屋部分。奥行きがどのくらいかは富賀河の立つ位置からは把握できない。それを差し引いても横幅はゆうに五十メートル以上はありそうで、それなりに広そうな家であることが見て取れる。

 だが、富賀河が「別荘」と聞いて想像していたのはもっと豪奢ごうしゃな「別荘」である。目の前の、「普通」の範疇はんちゅうを抜けきらない家にいくらか拍子抜けしたが、ポーチを進んで生垣の奥にプールがあるのを見つけると、少しだけ富賀河のが高まった。


「ウェルカムドリンクでーす。どーぞ」


 ひとり先駆けて家に入っていた安芸島が、家内に足を踏み入れて一番、富賀河にグラスを手渡した。冴えるような青色のドリンクである。


「おう、サンキュ……。ン、酒か?」

「はい。カクテルですよ。お嫌いでしたか?」

「いんや、酒は好きだ……飲みすぎはしないけどな」


 そう言いながらも、富賀河はグラス半分ほどを一気に飲んだ。


「それで、『パーティー』はいつからだ?」

「今夜十一時に開始しようと思います」

「……へえ。日をまたいで最後の日、一月三十一日を楽しもうってことかな」

「まあ……そんなところです。それまではお休みになっていてください。お部屋にご案内しますよ」


 剣ヶ峰がエントランスを先立って行く。富賀河は後を追おうとしたが、一瞬だけ躊躇ちゅうちょした。


「あ、靴は脱いでもらってもいいですよ。そこのスリッパ、お使いください」


――見透かしたつもりでもいやがるのか、コイツ。


 富賀河は靴履きのまま、剣ヶ峰の後についていく。

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