剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 5

 それからの三戦は一戦目と同様、富賀河ふかがの明らかな「ウソ」を指摘するという形で剣ヶ峰つるぎがみねが勝利を重ねた。

 ここまでで剣ヶ峰の勝ち分は九万円。同額を富賀河は負けていることになる。


「すごい、すごーい! ダーリン、『ダウト』強いね~」

「カオルが見ててくれるからだよ」


 後ろから肩に腕を回す安芸島あきしまの頭を剣ヶ峰が撫でる。このイチャつきも富賀河を油断させるための演技……などではなくそのままの素であるからこのカップルも筋金入りである。


「……チッ」


 いくら負けを重ねても終始ニタニタ顔をやめない富賀河だったが、この二人のイチャつきにだけは心底面白くない様子で舌打ちを漏らす。


――そろそろ、来るか?


「剣ヶ峰サン……次は『ナマニジュウ』でどうかな……?」


――来た。


 『ナマニジュウ』。現金で二十万円。

 直前の入室条件が現金四万だったのだから、一気にけたを超えることになる。


「俺もホラ、大分だいぶ負けが込んでるからさ……。取り返してプラスにするには、な? 剣ヶ峰サンは負けたとしても実質十万くらいしか損しないわけだし……。助けると思ってさ」


 そう言って富賀河は剣ヶ峰に向かって合掌がっしょうをつくると、頭を下げた。


「『ニジュウ』ですか……」


 剣ヶ峰は考え込む。

 だが、それは賭け額が上がったことによる逡巡しゅんじゅんではない。「気の弱い坊ちゃん」の演技なのだ。たとえ十万程度の損が発生しようと、剣ヶ峰は最初はなから気にしていない。


――このゲームだな。ヤツはここで勝つ気だ。それをひっくり返して、ここで俺が勝つ。


「いいですよ。『ナマニジュウ』でやりましょう」

「そうか。よかったぜ!」


 富賀河は、いかにも助かった、というふうに安堵あんどの顔を見せる。だが、その奥に見え隠れするあざとい色に、剣ヶ峰はつばを吐きかけてやりたくなった。


『ダウト・スタート!』


 入室条件、つまりは賭け金が二十万に上がった五戦目。

 剣ヶ峰は「マイライ」を「安芸島カオルの実家は定食屋」に設定した。

 実際のところはカオルの家はクリーニング店である。アプリAIも、おそらくネット上の情報などから「ウソ」と判断したのだろう。設定判定は通過した。

 剣ヶ峰はこの「マイライ」を制限時間の後半で口にする計画だ。

 次のゲームの基本方針は相手の「ウソ」を突く、速攻。ダウトチャンスの三回をウソっぽい発言にぶつけていけば勝利に持っていけるはず――と剣ヶ峰は考えていた。


「二人はどこで知り合ったの?」


 まずは富賀河が口火を切る。剣ヶ峰と安芸島に交互に目線を送り、訊ねてきた。


「ボクと、カオルですか?」

「そう」


――しめた。「マイライ」を消化するチャンスだ!


幼馴染おさななじみなんです。私が世話になっていた人がカオルの実家の常連でして、よく顔を合わせていました」


 これは事実である。

 幼い頃から多忙の両親の代わりに面倒を見てくれた人物が剣ヶ峰にはおり、その人はよく、剣ヶ峰を連れて安芸島の実家であるクリーニング店を訪れていた。

 同年代と接する機会の少なかった剣ヶ峰は、小さなクリーニング店で楽しそうに笑って話しかけてきてくれる自分と同じくらいの子どもに恋をしたのだ。


「常連って……何かお店でもやってるんだ? カオルちゃんチ」

「ええ。をやってるんですよ、カオルの実家」


――よし。思わずにだが、ヤツからの話題振りっていうベストな形で「マイライ」が消化できた。……それにしても、ホント馴れ馴れしいな、コイツ……。


 剣ヶ峰は勝負とは別のところで富賀河への嫌悪を強くする。


「ふぅ~ん……定食屋ねえ」


 チラリ、と富賀河が剣ヶ峰の後ろに立つ安芸島の様子をうかがう。

 剣ヶ峰は安芸島が自分の実家に関する「ウソ」に無反応でいてくれるかを懸念けねんしたが、富賀河が「ダウト」を宣言しないあたり、背後の安芸島はうまくやってくれているようだった。


――「マイライ」は消化。ダウトチャンスもある……。これで負けはない。


「俺も今度食べに行こうかな。焼き魚定食とか、あるかな? 俺、魚好きなんだよね」


 富賀河の言葉に、剣ヶ峰はピタリ、とその表情を固めた。

 

――


 剣ヶ峰は思い出す。二戦前、「好きな食べ物、嫌いな食べ物」といった話題になったとき、富賀河は「魚は嫌い」と言っていたことを。

 その時はその言葉に「ダウト」宣言をかけていないから「ウソ」かどうかは判らないが、明らかに

 

――富賀河は「魚が好き」には「ウソ」の可能性がある。ダウトチャンス、一回目をかけてもいいネタだな。


「ダウト!」


 判断直後には、剣ヶ峰は宣言を発していた。


「『トオル』! 『魚が好き』!」


 剣ヶ峰の「ウソ」指摘のあと、数瞬のAI判定の間があく。その間、富賀河のニタニタ顔はまないままだった。


――あの様子、「ウソ」ではなかったのか?


『ダウト非成立!』


――チッ。やっぱりか。あの反応にしても「富賀河は魚好き」の方が真実だったか……。仕方ない。次はないと思えよ……。


 ゲームの継続に向け気を取り直そうとする剣ヶ峰だったが、続いてスマホから流れてきたハイトーンボイスに虚をかれた。


『ノーモアチャンス! !』

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