人任せ探偵・殊更 慎司ー赤い傘の女

龍玄

第1話 アイドルに何が?

 私は、殊更 慎司太郎(ことさら しんじたろう)、親の思い付きで付けたふざけた名前で、他人が自分を紹介する場面が大の苦手になった。学校の点呼、新人で入った会社などでの紹介、役所などの手続き、病院での呼び出しは私にとって、他人の視線と笑い声の苦痛以外の何ものでもなく、嫌だった。そのせいにしたくはないが、私は人生と向き合う気力を早々になくし、いつしか人と関わりたくない思いも強くなり、人間不信になったダメ人間だと自称する。

 それでも、引き篭もりではないから、直属の上司や会社自体に説明し、殊更慎司で通せることが働ける条件となっていた。とは言え、いつかはバレる。他人に悪意のないのは分かるが、物心ついた頃のトラウマで居た堪れなく出社拒否が当たり前のようになってしまった。

 行きついた職業は、探偵だった。これも成りたくてなったものではなく、興味もなく、ただ、世間体で無職では不味い事も多く、仕方なく始めた仕事だった。

 当然のように探偵の仕事で生計など立てられない。親が残してくれた駅近くのビル1棟のテナント賃料で暮らしている穀潰しの生活をしているが、親が私に課した罪滅ぼしだと思い、受け入れている。

 看板を挙げていると、偶には仕事が舞い込んでくる。浮気調査に犬猫探しだ。それも月にあるかないかだ。暇な一日を唯々、ぼ~と過ごしている。気楽だなと思う人もいるだろうが、暇な事ほど苦痛はない。人と話す場面も、行きつけの食堂のおばちゃんとの会話やたまに心配してくれる親戚の電話位だった。


 親の遺産を日々、食いつぶす生活。やりたいこともない。無理して働き、そのストレスから余暇を楽しむ気概もない。良く言えば、世捨て人と言ってもいい。


 そんなある日、私の事務所に居候ができた。家出人捜査を手がけた成り行きでいつた女性だ。その女性は資産家の娘で、依頼者は、何を血迷ったのかその依頼を私のもとに持ち込んできた。情報をもとに考えられる全てを当たった結果、運よく?探し当てた案件だった。その時の捜索対象の女性が、また、家出し、その家出した先が私の事務所だったわけだ。

 その資産家は、娘がまた家出を繰り返すか心配だ。毎月分のお金は払うから、事務員かアシスタントして置いてくれと言う。日頃、人と話慣れていない私は、破天荒な願いを断れ切れず、野良猫が舞い込んできたと思い、渋々、承諾した。今思えば、この女性の存在に心の隙間を埋めて貰いたいと言う、身勝手な願望がそうさせたのかも知れない。


 その女性も女性だ。まるで、家猫を気取っている野良猫のような存在だった。一日中、パソコンと向き合い、勝手に来て、勝手に時間になると親が用意した近隣の高級マンションに帰っていく。一日中、話さないことも珍しくはなかった。パソコンオタクで、礼儀も協調性も気分次第。いつ来て、いつ帰るかも、本人次第。とは言え、偶には仕事を手伝ってくれる。彼女にすれば暇つぶしのつもりだろう。一応、報酬は、案件を処理した収益を二分割することにしていた。よって、報酬がなければ、その月は無収入になるが、お互い困らなかい。世間連れは、否めない二人だった。


 私自身の生活も不思議だが、彼女の私生活は更に謎だ。ただ、彼女にとって居心地がいいのか、毎日、顔を出している。彼女は、鬼龍院花と名乗っているので、そのままに呼んでいる。銀髪の派手な服装の居候?は、元AKBのぱるるに似ていると言われた事を訝しそうに話していた記憶がある。兎も角、誰の目から見ても可笑しな関係を毎日、過ごしている。


 私の唯一の趣味は、BMXだ。と言っても、街中を走る程度で、趣味は?と問われて答えられる程の執着心も、技量もない。

 BMXで日課の運動がてらの散歩にでた時だった。大川に架かる橋を渡ると、鉄道の高架がある。その下には、雑草が生えた野放しの状態になった保育園のグランド程の空き地があり、以前は、策で囲まれていたが、通勤通学の近道として便利であることから、柵の一部が破られ、今では当たり前のように抜け道として、使われていた。以前は、ホームレスたちの楽園地だったが、市の浄化条例とかで排除され、今は、BMXやスケボー愛好者の手によって不法に練習場として活用されている。

 これには、市は見て見ぬふりをしていた。輪中(わじゅう)が施されてはいるにも関わらず、大雨が降ると、河川敷から水が流れ込み水溜となり、住居や商業施設などには不適格だった。さらに、昔、化学工場があり、いまだに土壌汚染が懸念されており、浄化する予算が出ない状況で、放置されたものだった。近隣住人が、駅への近道として使うから、雑草の一部は獣道のようになっていた。


 慎司は、通勤通学時間を避け、ここへ毎日、やってくる。でも、この日は、違った。河川敷の丘を下って、空き地に到着すると、獣道を横切るように若い女性が歩いていた。その格好が異様だった。厚底の靴に、黒のワンピース。肩口にレース。帽子を被り、青い傘をさしていた。


 君子、危うきに近づかず。


 慎司は、この場に留まることを避け、獣道を抜け、街中の路地の探索に趣向を変更した。しばらくして、戻ってくると、その風変わりな女性はまだ、そこを徘徊するように、うろついていた。その時、もうひとりの女性と遠目だが目があった気がした。その女性も異様だった。紫のミニのワンピースに腰のあたりのバックルがキラッと光り、長い脚が印象的で、赤い傘をさしていた。その女性は、タレントの菜々緒に似た場違いな存在だった。

 赤い傘と青い傘だけでも異様なのに、それ以上に、菜々緒似の女性のにたりと笑った顔が不気味だった。青い傘の女の場違いな存在とは、本日、二度目の目撃だったが単なる偶然であり、無視して、不法に設置された、障害物を猛スピードで駆け抜け、楽しんでいた。

 一汗掻いて休息をとっていると、招かざる出会いが、右目の端の方から近づいてくる不安を感じた。


 「あのー、すみません」


 キタ――(゚∀゚)――!!やばいぞ、これは…。

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