第7話 トコロテンは欲情しないっ!

目覚めると変な場所にいた。

変、というのは、見覚えもなければ、俺に全く関わりのない場所という意味である。

そして、周りを見渡すと同じように困惑している男が、俺の他に3人いた。


俺がいたのは、家具の無い四角い部屋だった。

部屋の中に男4人がいても狭く感じられない広めの部屋である。

その部屋の雰囲気は、中学2年生の女子中学生の子供部屋のような感じである。

しかも、ファンシーグッズが大好きで、ぬいぐるみを大量に集めているタイプの、まだ世の中にたっぷりの砂糖とコンデンスミルクとキャラメルソースとホワイトチョコソースが掛かっていると信じてやまないタイプの女子中学生の子供部屋のような雰囲気である。

まぁ、俺はそんな子の部屋に入ったことはないので、あくまでイメージの話ではあるが。


壁紙はサーモンピンクに黒いドット柄が描かれており、窓は一切無く、一方の壁に、この部屋から出られるドアが1つだけあった。

そして大広間には白いふかふかのカーペットが敷き詰められているようで、さらにその上に大量の人形が散乱していた。小さいテディベアから1メートルを越す巨大なテディベア、目がガラス玉で出来ている陶器製の西洋人形もあれば、和装のいかにも髪の毛が伸びてきそうな日本人形や、赤と緑のしましまが入ったこけしもあった。

さらにはキャラもののぬいぐるみとして、ディズニーのキャラクターが思いつく限りのものがいたし、ポケモンや少年漫画のヒーローのようなキャラ、少女漫画の主人公らしき瞳がやたら大きい女の子のキャラやイケメン人形、さらにそういった漫画的なキャラクターを二頭身にデフォルメしたもの、各種ご当地マスコットのゆるキャラに至るまで大量に置かれていた。

人形の種類も色も大きさも法則性は見出されず、とにかく大量の人形が部屋中に散乱しており、足の踏み場も無いくらいだった。

そしてその人形の中には、首が千切れて中の綿が飛び出ているものもあった。

――首が取られている……? どういうことだ……?


そんな大量の人形の山の上に、俺を含めて4人の男がいた。

男どもが着ている服装も非常に奇妙であった。

ピンクや白、水色の布に大量のレースが付けられており、さらにフリルが大量に付いたスカートを履いたミニスカメイド的な中年男性もいたし、やたら露出の多い魔法少女的な服装をしている若者もいた。

またドラクエを想起させる冒険者的な服装をしているおじいさんもいたし、俺はといえば、黒い詰襟の学ランに緑と黒の市松模様の羽織物という、大正浪漫的な服装だった。

とにかく、床に散乱しているぬいぐるみと同じくらい、俺たちの服装も全く統一感がなかった。

――何なんだよこれは……。


すると、プツッという音が唐突に天井から聞こえ、続けてこんなアナウンスが始まった。

「初めまして! スター☆ダストの日野アカリです! あなたのハートにあったかあかりん! どうぞ宜しくお願いします!」

いつも言い慣れていることがわかる、軽いリズムの元気な挨拶だった。


アナウンスはさらに続く。

「さてー、今回はデスゲームwithスター☆ダスト日野アカリということで、この私、日野アカリがこの人間観察ドキュメントとコラボさせていただくことになりましたー。ということでー、今回あなた達アンダーは、この日野アカリが中心になって考えたデスゲームに参加していただくことになります! おめでとうございます! 拍手!」

アナウンスは続いていたが、デスゲームという言葉のみが脳内にリフレインしていた。

――あの、デスゲーム? この奇妙なセットで……? 俺が知っているのとは全然違うが……、もし本当ならどう考えても『おめでとう』じゃないだろが!


「今回のデスゲームのテーマは人形です。アンダーの皆さんは、今から人形です! 良いですねー。そして、私、人形のご主人である日野アカリのご機嫌を損ねないように24時間を過ごせたらゲームクリア、無事に生還出来るということになります。分かりましたね!」

――人形? 確かに人形はいっぱい落ちているが……、俺も人形? 『ご機嫌を損ねないように』? 一体どうしたら……。

色々なクエスチョンマークが頭上に飛び出ていた。


「それでは、ゲームスタート!」

元気いっぱいにそう言うと、アナウンスは唐突に途切れた。

人形が大量に置かれている部屋の中には静寂が満たされた。

嫌な静寂だった。

誰も何も理解できず、どうして良いかもよくわからない、そんな困惑が満ちた静寂だった。

しかし、ただ1つだけわかることがある。

それは、どうやらデスゲームが開始されたということだ。


ドアの上に『0:00』というデジタル表示が現れた。

『24時間過ごせたらゲームクリア』と言っていたので、それが開始されたということだろう。

しかしそれがわかったところで何があるというのか。


俺は知っている。

勝手な行動すれば簡単にデスゲームでは殺される。

それは他のヤツも多分知っているから、何も動けないし、何も出来ないのだ。

静寂の中、ただただデジタル表示が0:01、0:02と増えていった。

もしかしたら、このまま何も起きないのかもしれない……、という淡い期待を持ちつつも、そんなことは絶対無いのだろうと諦めつつ。


そして0:03に表示が変わったところで、唐突にドアがゆっくりと開かれた。

現れたのは小動物という言葉が似合う、可愛い低身長ロリの女性だった。

その女性はショートボブで緩くウェーブがかった髪で、ゆるふわな雰囲気を漂わせていた。

俺はそいつをモニター越しに見たことがあった。


――マジで本物の日野アカリだ……。

俺は驚いた。

コラボと言っていたが、まさか本物のアイドルがこうして登場するとは……。

ますます俺は混乱した。

これは果たして本当にデスゲームなのか?

そういうドッキリなのではないのか?


しかも日野アカリが来ている衣装は、俺も見たことのあるものだった。

ふわりと横に広がるミニスカートにボタンがたくさんついた緑色を基調とするステージ衣装。

そしてアカリの手にはマイクが握られていた。

――あれは確か……、ロンリードールのミュージックビデオだったか……、なるほど、だから人形か……。


などと考えていると、突然音楽が鳴り響いた。

ロンリードールのイントロだった。

唐突にこのデスゲームの冒頭で、日野アカリの単独ライブが始まった。


アイドルとしての自分を人形に見立てた歌詞で、可愛く振る舞うのが私の使命、たまに孤独に苛まれることがあるんだけど、それでも頑張るよ! といった内容の歌詞が展開される、ポップでキュートな曲である。

ひらひらと腰を左右に振るダンスもあり、なかなかに短いスカートが扇情的な動きをしていた。そして、アイドルの日野アカリのステージをこんなに間近で見られるのは、スター☆ダストのファンといえども、機会は中々ないと言える。


――動く人形 リボンとマイクを両手に

――踊る人形 チェックのスカート履いて

――みんなの前で 心を手放して


俺は、そんなアカリのステージパフォーマンスに若干心を奪われそうになりながらも、この曲がデスゲームの冒頭で歌われている意味を歌詞の中に探していた。

こうして冒頭に意味深に歌われるほどだから、きっと何かあるはずだと思って集中して聞いていた。

しかし、曲が静かになって、アカリの深い息の音しかしなくなっても、俺は何も意味を見出せないでいた。

意味が分からなかったし、今後どうすべきかもよく分からなかった。


俺はやはり動けずにいた。

拍手をすべきかとも思ったが、誰も動かない以上、俺だけ変な行動をすべきでは無いだろう。

他の男連中も、アカリの単独ライブが終わっても静かにしていた。

ライブとしては全く盛り上がらなかったのだが、まぁ、そもそも放映用なのだから、そこは問題無いのだろう。


すると、おもむろにアカリは後ろ向きになり、衣装をその場で脱ぎ始めた。

正面のボタンを外す仕草の後で、上腕についた細々とした装飾を外した。

そして、まだ少しだけ上気をした表情で、後ろを少しだけ振り返りながら、両手を上げて背中のホックを外し始めた。

その振り向きざまの流し目が、普段のロリ顔からは想像もできないほどに格好よく、鋭い眼差しに心を射抜かれるようだった。

そうして、俺も他の男連中も何も言えないままに、背中のチャックも下ろして、そのままステージ衣装をスポッと上へと脱いでしまった。

少しだけ血色が良くなった色白ですべすべした肌と、細かい刺繍の入った白いブラジャーが姿を表した。

後姿だけだったので、胸元は見えなかったが、それでも股間に十分すぎる威力だった。


アカリはそのままスカートにも手をかけ、ホックとチャックを外すと、なんの躊躇いもなく、ステージ衣装であるミニスカートも脱いでしまった。

小ぶりで肉付きの薄いお尻と、可愛らしい白いパンツも姿を表した。


ピンク色の刺繍の入った白い下着で揃えた、清楚で小柄なアカリの後ろ姿がそこにはあった。

俺は下半身の血流が非常に良くなるのを感じた。

そんな俺たちアンダーの様子を、アカリは靴下に手を掛けてゆっくりと時間をかけて脱ぎながら、後向きに流し目で観察していた。


すると、そんなアカリに欲情をしたのか、顔を赤くした魔法少女的な若者がアカリに向かってダッシュした。

興奮した牛のような勢いで突進をしていった。

そして彼は露出の多い魔法少女用の衣装の布面積の少ないパンツを履いていたせいで、股間部分が盛り上がっており、なかば露出狂のようになっていた。

そして、アカリの方に右手を伸ばしながら、残り1メートルまで近づくと、唐突に前につんのめる態勢になった。


と思ったら、若者の体が、急にズレた。

肌の表面に赤い線が四方八方に浮き上がった。

そうしてバラバラと1センチメートル四方の柱状に若者の体が崩れ始めた。

まるで網にところてんが押し付けられたかのように、製麺機でパスタが押し出されたように、全身が細長い柱状にバラバラと崩れ落ちた。


よくよく見ると、若者が通過したところに、網目状の赤い光が走っているのが見えた。

そのレーザー光線に勢いよく肉体が当たったことで、細長く裁断されて崩れ落ちていったのだとわかった。

アカリの背後1メートル付近に肉塊が積み上げられた。

血と消化管にあった内容物の臭い匂いが立ち込め、血が白いカーペットに急速に吸い込まれていった。


アカリは後ろを振り返りつつ、若者が崩れていく様子を観察していた。

全く動揺した素振りを見せず、むしろ少しだけ楽しそうに口端を歪ませた。

目は笑っていなかったが、黒い炎が瞳の奥に見えるようだった。


そしてアカリは人形に紛れて最初から床に落ちていた、黒いショート丈のワンピースに着替えた。

ロリ顔少女に似合う、格好良いシンプルなワンピースだった。

ゴテゴテした服装の多い人形達と対比的な綺麗な黒い衣装で、先ほどまでの緑を基調とした豪華なステージ衣装とも全く異なる印象になった。


髪を手櫛で整えてから、足を肩幅に広げて腰に手を当てた。

「さて、お人形遊びでもしようかしら」

アカリは可愛い声で言った。

ゆるふわパーマのロリ顔に狂気の黒い炎を瞳に宿しながら。


ドアの上の時刻表示は0:14を指したところである。

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