第12話 家族の在りよう

 流石に時間が経過しているのか、夕方のニュースを行き来しても『ショウズイ一家の失踪事件

』についての詳報は入ってこない。


 他のニュースでいっぱいだ。


 仕方が無いから、テレビは付けっぱなしにしつつも新聞を漁る。そして、見つけた。

 『一家失踪。無理心中か』と書かれた第一報と、その後の数日の記事。リード文を読むと、争った形跡が無かったこと、多少荒れているところはあったが、基本的には直前まで普通の生活を行っていたことが書かれていた。


 これが正髄洸太に必ず繋がるとも限らない。

 正髄洸太が勝手に『いとこ』と名乗っているだけかも知れない。


 それでも無関係じゃないとしたら。無関係だとしても『いとこ』を名乗るのは、リスキーすぎじゃないか。


 利点は、無いはずだ。


 いや、失踪事件の家族といとこだとは名乗ってなかったな。いとこがいるとだけ言っていたわけで。


 だとして、も……?


「嘘だろ」


 めくったページの、端の方。折れ目の近く。行方不明者の家族の写真。一家三世帯。祖父母と両親と娘二人。その顔。


 祖父は、あの足長蜘蛛のような怪物の顔に、酷似している。

 娘の一人は、あの時テレビのようなものを砕いて出てきた肘から三股に分かれている怪物の顔に。確かに、似ている。


 偶然の一致?


 なわけない。そうかも知れない。でも、同じ正髄で、従妹で。


 手を動かして、止める。

 このまま麦茶のコップを持てば、零れてしまうかも知れない。

 それぐらい震えている。怪物と、同じ顔。怪物と同じ顔で対策は十分と言っていた。森の中で出会った怪物に比べて炎への耐性が高く見えた、怪物の顔。


 嘘だろ。

 嘘だろ嘘だろ。

 正髄はなんと言っていた? 家族に対して。家族が多ければ多いほど良いと言っていなかったか。何のため? 神は何柱いる? 四柱だと、正髄は把握していた。三柱捕まえることができたら、と言っていたな。


 失踪したのは六人。


 朱音さんの対策として作られたであろう怪物と同じ顔は二人。数が、合う。


 いや、出てきた怪物は三体。なぜ血縁者を選んだ? 血縁者しか怪物にできないのか? なら両親が居るとすれば八人か。それでも、三柱得るにはギリギリか。だからゴケプゾの力が欲しいのか? 改造自体は誰でもできる。強く、調整できるのは血縁者と言うことか? だとすれば、

あそこに出てきた怪物は、改造された人間?

 俺は、人間を、殺したのか?


 違う。違う違う。


 両手を強く握りしめ、口に当てる。震えよ、おさまってくれ。大丈夫だから。違うから。

 改造された時点で、人としては死んでいるかも知れない。そうだ。命を終わらせたのは俺でも、自我としては終わっていたかもしれない。人を襲えるんだ。遠慮なく。自我としては終わっているだろう。祖父や従妹が、孫や従兄の凶行を目撃して平静に従えるとは思えない。従えないだろう。自分も、たとえ兄貴に改造されて人じゃなくなっても、自我があれば兄貴が正髄と同じことをした時に協力はしたくない。


 いや、理想に、殉じたのか? 家族は。


 ノアの箱舟、人の整理。その部分だけ除けば、正髄の理想は聞こえの良い世界ではあった。


 賛同する者が居てもおかしくはない。攻撃的なハッシュタグが増えているのは、新型ウイルスの流行で自分も実感した。だから、家族を。説き伏せることも。可能かもしれない。


せいちゃん?」


 慌ててゴケプゾを手に取り、机の下に隠す。

 時すでに遅しであったと気づいたのは、顔を上げてから。母さんにはしっかりと目撃されただろう。これなら、ゴケプゾは隠さない方が良かったか。


「な、なに?」


 母さんの目が自分、それからゴケプゾを隠した方へ行ってから新聞へと散らばった。

 何も言わず、バスタオルで髪の毛の水滴を取りながら化粧品入れを取りに母さんが去っていく。


 広げていた新聞をまとめて、スペースを開ける。


「その事件ね、未だに手掛かりが無いんだって」


 化粧水か何かをつけながら、母さんがそう言った。


「何も?」

「進展はないみたいよ。ここ最近はめっきり聞かなくなったし」


 禁書の中に引きずり込まれれば、手掛かりは残らないだろう。

 家の中で誘拐が完結するのだから。

 足取りは、絶対に掴まれない。


 多少の荒れた痕跡は、連れていく際のだろうか。力が強いか、土を操ったかして無理矢理に入れたからできた痕跡か。だとしたら、説得は失敗していた? 本の中で説得をした?


「朱音ちゃんが来たのは、その事件の少し前だったかしらね。妹のような人を探しているって言って」


 少し、前。

 なぜ?


 ゴケプゾがあったから? 一応、大学までは持って行っていなかったはず。だから何らかの手段で探ってこの家まで来た? 正髄の言い分を鵜呑みにするなら、『生贄のため』にゴケプゾが必要だった。


 なぜ?

 朱音さんの大事な探し人との交換するため?


 怪物との戦いでは圧倒的に有利だったのに? 正髄の方が『対策』が必要だったのに?


 朱音さんが家に来たのが少し前。少し前と言うことは、対策の一環として従妹を連れ去ったと言う可能性が高い。そもそも、今回は自分が足手まといだったから朱音さんが捕まったようなものだ。ゴケプゾが欲しかったなら、ゴケプゾだけ持っていけばよかったはず。生贄ならばすぐに交換に出せばよかったはず。


 朱音さんの実力なら、気を失わせた後でいきなり本部に行くこともできたはず。正規の侵入ルートと言うルールなら、朱音さんは破っていた。


 違うな。


 ルールを意識していたと言うことは、破れないルールが存在した。


 思い出せ。思い出せ。


 何でも良い。何かヒントは転がっているはずだ。


 ルールは何だ。なぜ朱音さんは逃げた。素人を連れてでも探したい大事な人を置いて逃げざるを得なかった?

 大事な人。そういえば聞かれたな。朱音さんにも。弟が一番大事なのかって。


 朱音さんは大事な人をやけに気にしていた。正髄は家族を肯定して、多ければ多いほど良いと言っていた。家族は大事な存在だと言っていた。



 正髄の本のルールには『大事な人』が関わっているのか?


 朱音さんは何らかの理由で攻略を断念した。あるいは、出直しを決めた。だから本を出るときのルールで大事な人を捕獲された。

 正髄も大きな力を発揮するためには代償が必要だった。それは、大事な人であればあるほど力を発揮する。古今東西の神、と言っていたと言うことは、そこに何らかのヒントがあったのだろうか。あったとしても、どれもが普通の人の力ではどうにもならないのが神。だからこそ、朱音さんが大事な人を置いていかざるを得なかったのを見て自身の大事な人を捧げれば勝てると思った。


 辻褄は、合う。


 辻褄は合ってしまう。

 だとすれば、自分が出たことはどうなるのか。


 名刺を渡されたから大丈夫? 本当か? 信頼関係も何も築けていないのに? 隙を見て朱音さんを解放しようと動いたのに? 神が大事な者の身代わりとして用意した禁書を持っているのに? 使えるところを見たのに?


 自分だったらそんな人を無条件で放さない。


 となると、ルールに乗っ取れば、大事な人が襲われている、のか?

 母さんは此処にいる。父さんと兄貴は分からない。惣三郎は、まだ部活中か?


 いや、違うか。自分の時はある程度時間に融通は利いたが、今はもう休日は五時には下校しないといけないんだっけか。となると、バスには間に合っている?

 スマホを起こし、ラインを開く。家族ラインには何も連絡はない。


 そりゃそうか。


 結局家族ラインで反応をするのは母さんだけ。だから俺も母さんにしか『今から帰ります』ラインを送ってなかったな。


「母さん、惣三郎から連絡は来てない?」


 あらかた風呂上がりのあとのスキンケアが終わったのか、母さんは化粧品をしまっているところだった。


 とりあえず、何も聞かずに携帯を見てくれるのは非常にありがたい。


「来てないけど、まあ、忘れることもあるからねえ」


 忘れているだけなら良いんだ。忘れているだけなら。

 自分の考えも、状況から導き出した一つの仮説、いや、物語でしかない。外れている可能性も大きいはずだ。むしろ、違う確率の方が高い。

 分からないことが多いのだから。


 だから、大丈夫。大丈夫なはず。大丈夫であってくれ。


「ちょっと、出かけてくるよ。惣三郎が帰ってくるまでには戻るから」


 ただ、準備をしておいた方が、良いだけで。

 今も変わらぬ顧問の山崎先生に一本連絡を入れておくから、きっと、杞憂だと言う返信がくるはずだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る