第12話「猪突猛進王女様」

「どうしてこうなった……」


がっくりと肩を落とし項垂れるアリーシャ。夜の帳が落ちる頃、アリーシャの気分もすっかり落ちていた。


あの時までは幸せな気分だった。

ベルゼウス王に呼び出される前までは……。


「午前のおやつ美味しかったな~」


アリーシャは、その幸せだった時を振り返る事で落ち込んだ気分を誤魔化そうとしていた。


時は午前のおやつから始まるーー


「うーん♪ 美味しい♪」

「アリーシャ様、ケーキが口に付いていますよ♪」

「ありがとうエミリー♪」

「幸悦」


決闘以来仲の深まったアリーシャ、エミリー、ルークの三人。


今までは王女と侍女という壁に阻まれていたアリーシャとエミリーだったが、従者となりその壁が剥がされたお陰か、四六時中傍に付き添える関係になっていた。


仲のよい親友が出来たようで喜ぶアリーシャ。

いつでも一緒に居られる事が幸せなエミリー。

それを見て幸福を感じるルーク。


中々に絶妙な関係になりつつある。


「ルーク君も食べて♪」

「では頂きます」

「ありがたく頂けよ!」

「雑魚煩い」


エミリーに対して厳しい所があるルークだったが、当のエミリーは厳しい口調にも気にする事なく接していたので、険悪な空気にもならずに済んでいた。


「ねえねえ、そう言えばエミリーとルークって何歳なの?」

「私は17の歳になります」

「僕も17です」

「えっ、皆一緒じゃん! なんか嬉しい~! 学園でも同じクラスだと良いな~」

「一緒に決まっております。従者ですから」

「弟子として師匠の全てを見ないといけませんから」

「もう二人とも~♪」


いつでも一緒な三人。さすがにルークは無理だが、お風呂でさえアリーシャとエミリーは一緒に入っていた。


さぞルークも一緒に入りたい事だろう。

断じて女性の裸を見たいという不純な目的ではない。

アリーシャとエミリーの神秘的な乳くり合いを拝みたいだけだ。


「眼福……」


この歳の男の子と言えば、想像力で飯が食えるほど豊かなもの。


「あ、ルーク君また鼻血っ。もー、しょうがないな~」

「だらしないぞ。私は三日で克服した」

「雑魚に負けた……」

「ほら、これでよしっ!」


ルークの鼻血を拭いてあげ、ちょっとお姉さん気取りなアリーシャ。


クールで硬派(姫男子)なルークだが、少し抜けている所が可愛く思えてしまう。歳は一緒だと分かったが、なんだか弟が出来たようでついお節介を焼きたくなっていた。


「アリーシャ様、私も鼻血を出して拭いて貰いたいので、耳元で『大好きぃ』と、呟いて頂けませんか」

「やだよ恥ずかしい……」

「僕も見たいです」

「おおっ! 珍しく話が合うじゃないか!」

「もういいから……それより、そろそろゴンゾウさんの所に行く時間よね?」

「ああ、そうですね。アリーシャ様とルークの刀が出来たと知らせがありましたから。ですが、本当にアリーシャ様も行くのですか? それぐらいなら私がひとっ走り行ってきますが……」

「行くっ! 絶対行くのっっ!!」


刀作りに味をしめたゴンゾウは、勇者の剣を溶かしたさいに余った材料で、アリーシャとルークの刀を作ると意気込んでいたらしい。


それが出来上がったのが今日。ただ刀を取りに行くだけならエミリーだけで事は足りる。


それでも着いていくときかないアリーシャには、どうしても見たいものがあったのだ。


その後、期待が溢れんばかりに鼻息荒いアリーシャと、何故そんなにも楽しみなのかと、不思議そうな従者二人は城下町へと向かうため馬車に乗り込んだ。



「お気をつけて下さい」

「ありがとう……うわ~!」


エミリーに手を取って貰い馬車から降りたアリーシャの眼前には、夢のような世界が広がっていた。


川に架かるアーチ状の石橋からは苔が所々生えていて、古くから人々を渡してきた事が伺える。


その人々は石畳の道を歩きレンガで作られた建物に入っていく。昼食の合図となる教会の鐘がなると、町の中は活気に溢れていく。


「凄い! 凄いよ二人とも!」

「なにがでしょうか……」

「師匠には何が見えているのだ……」


エミリーやルークにはありふれた景色だろう。


しかし、魂がとは言え、異世界にやって来た元少年からすればこれぞ異世界! と、言える光景に興奮するのは当たり前ではないか。


「見て見て二人とも! あの子耳が! 耳が生えてるの!」

「いや、耳ぐらい生えますよ……」

「これは何かの修行なのか?」


まるで噛み合わないアリーシャと二人。


可愛いものが大好きな今のアリーシャにとって、これぞファンタジーとも言える感動の光景に興奮が治まらなかった。


アリーシャが一体なにに興奮しているのか。

それは、とってもキュートなお耳だった。


「噴水の前で待ち合わせしてるあの子も! 食堂で給仕のお仕事に励むあの子も! 生えてるの耳が! すんごく可愛い"ケモミミ"がっ!!」


そう、アリーシャの興奮していた原因とは、頭から生えているフサフサの耳を持つ人々ーーケモミミン達だったのだ。


「ええ、そりゃあ"ビースティア"の民なのでしょうから獣のような耳も生えるでしょう。それの何が興奮するのでしょうか……」

「なんだ? 獣の耳が生えていると強くなれるのか!? そうか……僕も生えてこないだろうか」

「もう! 二人とも分かってないな~! ケモミミって言っても色々あるのよ? あの子はウサギのように長くてフワフワ! あの子は丸くてキュートだし、あの人なんてタレ耳よタレ耳! 大事な事だから二回言ったの! もうすんごく可愛いーっっ!!」

「ああ、そうなのですか……」

「僕には良くわからない……」


ケモミミ道を熱く語るアリーシャ。

さすがの二人も理解出来なかったようだ。


「ねえ……触ったら怒られるかな? へへっ」

「ダメですアリーシャ様! ビースティアにとって耳は神聖な物なのですよ! 触れるのは親と結婚相手ぐらいなのです! 歴史をもうらしたアリーシャ様ならそれぐらい知っている筈ですよね!?」

「師匠顔がゲスい……」


手をモミモミしながらヨダレを垂らし、ビースティアの民に熱い視線を送るアリーシャ。今にも飛び出しそうなその雰囲気に、エミリーとルークも止めるのがやっとであった。


「分かってる……分かってるけど……我慢できなーいっっ!!」

「あっ! アリーシャ様! 行ってはダメです!!」

「止めないとまずい」


エミリーとルークを振りほどき猛進してしまったアリーシャ。このままでは国交問題へと発展しかけない騒動が待っている。


「あーんぅっっ!! かわいすぎるぅぅーっ!!」

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