9 プロメテウスの火

 まず見えたのは眩いばかりの光の奔流ほんりゅうだった。それは一瞬にして広がり、魔物を、街を、森を飲み込んで行く。

 光が収まったところで、爆心には火球が広がっていくのが見え、いわゆるキノコ雲が形成されていくのが確認できた。

 そして、猛スピードで広がっていく爆風の先端が、魔物や木々を消し飛ばして行く。遂には外壁に到達し――

 ドンッ!と身体を押されるような衝撃を受けた次の瞬間


 ドオォォォォッッ!!!!!


 爆音と共に今まで体験したことのない圧倒的な暴風に曝された。何も知らずにこの場にいたのなら、きっと死を覚悟しただろう。それほどまでの衝撃であった。


 塔の中にいて尚、吹き飛ばされかねない威力に、外壁を守るために張っていた障壁を、街を覆うように広げることにした。


「想定より規模が大きいわね」


「こ、これは一体……」


「『プロメテウスの火』ただの魔法よ。私の挨拶の気持ちだと思って受け取ってくれたらいいわ」


 呆然とする侯爵と共に爆心地を眺める。赤黒いキノコ雲は尚も大きさを増し、高さは二○キロ程にまで達していそうだ。

 溢れかえっていた魔物の大群は、見える限りの全てが死滅している。

 爆心地から最も離れた外壁周辺でも、吹き飛ばされた岩や魔物による被害と、外壁に叩きつけられ積み重なった死体に押し潰されることで、生き残ったのはほんの一部だけのようだ。

 

呆気あっけないものね」


 爆発から二分経った瞬間、キノコ雲は消え去り、残ったのは巨大なクレーターと死屍累々となった平原のみ。


 核分裂魔法『プロメテウスの火』は、核分裂を起こしやすい物質を、魔力によって疑似物質として生成し、自作の魔術『爆縮インプロージョン』により圧縮することで発動する。

 そして、発動より二分後には疑似物質は全て魔力に還元かんげんされ、一切の

 具体的なイメージが難しいため、疑似物質の生成効率は悪いが、それでも消費魔力に対する広範囲の制圧性能は魔術とは比べ物にならないのだ。


「つ、つまり、この場で起きた事を王宮に報告し、貴女あなたの処遇について進言せよということか」


「私はね、この街を歩くの好きよ。目的地がなくとも、魅せるための麗美れいびさがなくとも、無骨な機能美を愛でることに愉しみを見つけられるの」


 窓から街並みを見下ろし、室内をグルリと巡りながら独り言ちる。


「でもね、誰かの都合で歩きたい道を変えるのはとっても嫌いなの。壁があれば壊すし、邪魔する奴がいれば殺すわ。それを指示する奴らがいるのなら、指示が出なくなるまで頭をすげ替えてあげる」


「私を……いや、この国を脅しているつもりか!?」


 勿論、脅しているとも。『プロメテウスの火』を特等席で見せたのだ。これが脅しでなくて何だというのか。

 だが、その反応は受け取り方として正しくない。


「これは厚意こういのつもりなの。好んで虎の尾を踏む者はいないでしょう?」


 といっても、ただの厄介払いなのだが。上位者のつもりで私に手を出してきた者が、最終的にどんな顔になるのか?それは確かに興味をそそられるが、手を出された時点で不快なので、避けられるのであればそれが一番だろう。


「うふっ……あははっ!為政者いせいしゃにそんなこと言ってもダメですよぉ。この国が王を頂点とした貴族社会である以上、侯爵の立場でリア様個人を、国と対等以上の存在として認めることなんてできないんです」


 そういうものか。軍人としては高い立場にあろうと、地方領主の影響力は、この国において大したものではないのだろう。


「まあどうせ、これを見てない奴には大した効果もなかったでしょうし、五月蝿うるさいのがいたら、その幾度いくど黙らせろってことね」


「……貴女はオルディアが敵に回ろうと構わないと?」


「別に進んで敵対するような真似はしないけどね。私の行いで滅びるようなら、それは


 そのためにエキナが付き添っているのだから。

 今回の爆発の余波だって、私が防壁を貼らなければエキナがなんとかしただろう。


「たった一人で国を相手にできると本気でお考えか!?魔物を相手にするのとでは訳が違う!」


 まるで心配してくれているの様だが、厄介事を起こして欲しくないだけだろう。


「じゃあ力比べでもするのかしら?それも楽しそうでいいけどね」


「……。」


 クスクスと笑いながら問いかけてやると、押し黙ってしまった。

 なんだかイジメでもしているようだが、肉達磨のような巨漢がしょんぼりとしている様子は、あまりに面白く映ってしまう。


「我が領内では、貴女の要求には最大限配慮をさせて頂く。だが、私は国としての扱いに意見する立場にない。……どうか寛大かんだいな処置を求む」


「フフッ、世知辛いのね?」


 なるほど。

 やけに食い下がると思っていたが、侯爵は誰かが私に喧嘩を売ることを確信しているようだ。それが国力の低下に繋がらないかうれいているといったところか。


 侯爵の立場では止められない存在で、問題を起こす事に確信を持つような人柄であるなら……

 それはきっと、とても愉快な傲慢に違いない。


「貴方の忠誠が無駄にならないことを祈っているわ」

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