44 貴族

「はぁ…………」


 俺は道端のベンチに座り、ため息をついていた。


「ば、バアルぅ……仕方ないよぅ」


 そんな俺を、ヘドロは慰めてくれる。


 俺は、どうやってルミスを生き返らせるか考えた時、復活の神薬がもう一つぐらい、どこかにあるんじゃないかと思ったんだ。

 そこで、復活の神薬の情報をくれた、白い髪の少女に会おうとしていた。


 あれだけ目立つ少女だ。

 冒険者組合に依頼を出せば、会うことは可能だと思ったんだ。


 だけど、その依頼を出すことは組合に断られた。

 なんでも、その少女は思っていたよりも有名らしく、受付嬢のソフィアは直ぐに誰かは見当がついたようだった。


 でも、その少女は貴族だったんだ。

 確かに、高価そうな服を着ていたし、奴隷とはいえ執事もついていたけど、そこまで偉い人だとは思わなかったので驚いた。

 そんな偉い人を、組合の依頼で呼び出すことはどうしても無理らしい。

 ソフィアを軽く脅してみても、全く動揺せずに断られたから、本当に出来ないんだろうな。


 貴族と平民とでは、その立場に大きな差がある。

 丁度ここから見える、王都にそびえ立つ大きな壁の向こうで、貴族が暮らしているらしい。

 大きな壁だけど、雷鉄剣スサノオなら一発で壊せるだろうな……


「ば、バアルぅ、まさかとは思うけど、変なこと、考えてないよなぁ?」


 じっと壁を見ている俺を、ヘドロは訝しむ。


「変なことってなんだよ。貴族ったって、所詮は人間だろ? 俺が遠慮する必要があるかどうかを考えているんだよ」


「ちょっ、まじかよバアルぅ! 貴族に目を付けられるなんて、おいらはごめんだよぅ!」


 はぁ……指輪の力があっても、ヘドロはヘドロのままだな。


「ふん、所詮借り物の力ね。あれだけ調子に乗っておいて、貴族が怖いとか呆れるわ」


 俺も思ったことを、同志タバサが代弁する。

 これに、ヘドロは額に青筋を浮かべた。


「きひ、きひひ、生意気なこというじゃないかタバサぁ。……バアル、おいら達少し空けるよ。この女に、もう少し躾をしないとなぁ」


「あぁ、好きにしろよヘドロ」


 ヘドロはタバサの髪を引っ張りながら去っていった。

 タバサは暴言を吐きながら暴れてるけど、指輪の力の前ではどうしようもないだろう。

 これから宿に戻って、尻の穴に突っ込むんだろうな。

 楽しそうだけど、混ざる気にはならなかった。

 俺の今の関心は、貴族街にあるんだ。


「貴族……ねぇ」


『バアル、どうしたの? なんだか元気がないよ?』


「……貴族と他の人間と、何が違うんだろなぁって」


『ん? よく分からないけど、お貴族様は偉いんでしょ?』


「どうして偉いのかなぁって……コリン村で生まれた俺達と、あの壁の向こうで生まれた貴族達。何が違うんだろ」


『コリン村で生まれたか。壁の向こうで生まれたか。そこが違うよ』


「生まれた場所が違うだけで、そんなに暮らしが違っちゃうっておかしくないか?」


『うーん……仕方ないんじゃないかな。それが普通というか、常識というか……神様が決めたルールだよ』


 神様……ねぇ。

 悪神ではあるが、光鉄剣イザナミの性根の悪さを知っている俺は顔を歪める。

 もし神様がそんなルールを決めたんだとしたら、それは楽しいからじゃないだろうか。

 立場の強い者が、立場の弱い者を虐げる光景を見て、笑っているんじゃないのか。


「神様がこの世界を作ったんだとしたら、なんて悪趣味なやつなんだ」


『でも、神様が世界を作ってくれたから、私はバアルと出会えた。恋ができた。愛し合えた。辛い時は沢山あるけど、それでも私は神様に感謝してるよ』


 ……確かに。

 呪いともいえる負の感情も、生きていてこそだ。

 ルミスとの甘い時間を過ごせるのは、この世界があってこそだ。


「神様……ありがとうございます」


 いつの間にか、俺は感謝を捧げていた。


『あっれぇ? 神様は悪趣味じゃなかったの?』


 すぐに手のひらを返した俺に、ルミスがニヤニヤしながら聞いてくる。


「う、うるさいな! 時と場合によるんだよ! それに悪神と神様は違うだろ!? 俺だって、本物の神様に会えたらお祈りの一つでもするさ」


「うふふ、それは素晴らしいわ。それじゃぁ今からお祈りしに行く?」


 俺とルミスがじゃれていると、違う声の主が入ってくる。

 声の主はなんと、俺が探している人物だった。


「き、君は!?」


「ごきげんよう、バアルさん」


 いつの間にか、以前会った白髪の少女が隣に座っていた。

 以前のように執事は連れていない。

 一人でこんなところに来るなんて、本当に貴族なんだろうか。


「うふふ、バアルさんも神様が大好きなのね。嬉しいわ。そしてあなた、やっぱりとってもラッキーだわ。神様もあなたに会いたがってるの。さぁ、今から感謝を捧げに行きましょう?」


 何が嬉しいのか、少女はえらくはしゃいでいる。

 でも、確かにラッキーだ。

 この広い王都で、またしても偶然この少女に出会えるなんて。

 今にも走っていきそうな少女に、俺は焦って声をかける。


「ま、待ってくれよ! そんなことより、教えてくれよ! 復活の神薬って、あのダンジョン以外にあったりしないのか!? ルミスを生き返らせたいんだ! 頼むよ!」


「うふふ、それなら丁度いいじゃない。早く神様に会いに行きましょう」


 少女はその小さな唇を俺の耳に近づける。


「内緒よ? 復活の神薬は、神様が……兄様あにさまが作ったの。兄様あにさまに会えば、あなたの願いは叶うわ」


 吹きかかる息にも、言葉の内容にも、俺は思わず鳥肌を立てたんだ。

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