第17話 眼鏡の秘密

「よぐ来たなや。お入りやあ」


茨城ってあまり訛りがないイメージがあったが、山の中に来るとやはりあるようだ。

リアル茨城弁。朝ドラで聞いたことある。

俊輔にはこうした訛りがとても暖かく感じた。


俊輔の予想通り、とても優しそうなお母さんだった。

案内された居間には大きな仏壇があり、そこに男の人の遺影が置いてある。恐らく亡くなったお父さんだろう。


「は、はじめまして、た、高城俊輔といいます」

緊張しまくっている俊輔を見て舞奈はクスッと笑った。


「そんなに緊張しなくてもいいよ」

俊輔は苦笑いをしながら出されたお茶をすすった。


「こんな田舎までよぐおいでなすった」

お母さんは暖かく迎い入れた。

それから舞奈の子供のころの話や昔のアルバムを見ながら盛り上がった。


俊輔の緊張がだんだんと解けて来た時、舞奈がトイレへ行くと席を外した。

すると、お母さんが改まって俊輔に深々とお辞儀をした。


「俊輔さん。舞奈のこと、よろしくおねげえします」

「あっ、いえ。こちらこそよろしくお願いします」


「あの、俊輔さんは知ってるんだあね? 舞奈あのこの性格のこと……」

 お母さんは探るような言い方で俊輔に訊いた。

「えっ?」

いきなり改まったお母さんに俊輔は戸惑った。

「眼鏡をかけた時のこと……」

お母さんは眼鏡をかける仕草をしながら言った。


「あの、眼鏡をかけると性格が変わることですかね?」

「やっぱり知ってるんだあね。よかったいがった

 お母さんはホッとしたように肩を撫でおろした。


「あの、舞奈さんはどうして眼鏡をかけると性格が変わってしまうのですか?」

お母さんはお父さんの遺影をじっと見つめていた。

「あの子は子供のころから気が弱くて引っ込み思案でねえ。それで高校時代にいじめにあってたんだわ」

「いじめ?」

「何をされても言い返せないもんだからクラスメイトも面白かったんでねえかな」


高校時代に舞奈が虐めにあっていたことは初耳だった。


「ちょうどその頃、うちのひとが病気で倒れて入院してね。末期のガンで、もう手遅れだった。でも舞奈のことをずっと心配しててね。ある日、病院を抜け出して舞奈と二人で眼鏡屋に行ったんだ」

「眼鏡屋ですか……」


お父さんはそこで舞奈に眼鏡を買い与えたそうだ。

『この眼鏡を父さんと思え』

そう言って眼鏡を渡した。


それ以来、舞奈はあの眼鏡をかけると人が変わったように強くなり、いじめも受けなくなったらしい。

「あの眼鏡はお父さんの形見だったのですね」


俊輔はお父さんの遺影を見つめた。

とても優しそうな笑顔をしていた。


「あの子は本当に優しい子なんだあ。気が弱くて臆病なところがあっけど」

「分かってます」

俊輔は大きく頷いた。


「眼鏡をかけると強くなったふうに見えっけど、本当はかなり無理してると思うんだあ。お父さんが心配しないようにって頑張っちゃうんだろうね」


そうか。あの眼鏡は舞ちゃんにとってお父さんと一緒なんだ。


その日は三人でお父さんのお墓参りに行き、少し早めの夕食を食べたあと東京への帰路についた。


俊輔の舞奈を見る目が変わっていた。

帰りの電車の中、俊輔は横で眠っている舞奈の顔をじっと見つめていた。


舞ちゃんはずっと頑張ってきたんだな。

眼鏡の中にいるお父さんと一緒に……。


舞奈がふっと目を開ける。

「あ、寝てていいよ。着いたら起こすから」

「うん。ありがとう」


「ねえ、お母さんと二人っきりの時、何を話してたの?」

「眼鏡の話を聞いたよ。お父さんの形見だって」

「そうか。聞いちゃったんだね……」


 あれ? 言っちゃまずかったのかな?

 俊輔はちょっと後悔した。


「私ね、高校の時、いじめにあってたんだ」

「うん。お母さんから聞いたよ」

「それでね、お父さん、自分が病気だったのに私のことばかりすごく心配してて……」

「うん……」


舞奈はバックの中からいつもの眼鏡を取り出した。


「この眼鏡、実はお父さんに買ってもらったんだ。

『これを父さんと思え。父さんがいつも一緒についてる。だから怖くない』

って言ってね。でも、それからすぐにお父さん死んじゃった」

「うん……」


「この眼鏡をかけたからといって怖さが無くなる訳じゃないんだ。でも、これをかけると頑張んなきゃっていけない気持ちになれるの。だから高校生活も大学受験も、社会に出てからもずっと使ってた。そしたらいつの間にかこの眼鏡をかけると強い女性になれるようになったんだ」

「うん……」


気が付くと、舞奈は俊輔の肩に寄り掛かりながら眠っていた。


お父さんの夢、見てるのかな?


頬につたう涙の跡が舞奈を以前にも増して愛おしく感じさせた。


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