(5)同窓会

「そういえば圭都、明日夕飯いらないんだよね?」


 連休終盤、あっちゃんが遊びに来たからリビングでだらだらと三時のおやつのようなお茶会のような間食をしていると、思い出したようにその場にいた母さんが明日の予定を確認してきた。

 明日、なんだっけ。あ、そうか。


「うん。いらない」


 あっちゃんがビスケットをかじりながら、不思議そうに首を傾げる。その行動と表情が小さい頃と変わっていない。


「圭都くん、明日なんかあるの?」

「中学の同窓会」


 言いながら、彼女のほっぺたにビスケットの粉がついているのに気づいた。指を伸ばしてそれを取ると、彼女は指先の触れた頬を赤らめて微笑む。目の前の女の子が急に大人になった気がしてドキッとした。


「そういえば、あんたの同級生の誰だっけ……ほら、岡田おかださんとこの子。離婚して帰ってきたって」

「……亜沙子あさこ?」


 歩いて数分の場所に住んでいた、あまり良い思い出のない幼なじみの顔を思い浮かべる。おそらく様々な表情を見てきたはずなのに、今や高飛車に俺に何かものを言うときの偉そうな顔しか出てこない。

 一方で、俺の気を知ってか知らずか、母さんは思い出せなかった名前がわかってすっきりしたご様子。


「そうそう、亜沙子ちゃん! あんたたちどう見ても気が合わなさそうだったのに、いきなり付き合うとか言い出すから腰抜かすかと思ったわあ。ま、案の定長続きしなかったわねえ」

「母さん、あっちゃんいるから今……」

「別にいいよ。あたし、圭都くんの歴代元カノ、全員知ってるもん」


 今さら気を遣われても意味ないよ、ということらしい。いたたまれなくなって体を縮こまらせていると、あっちゃんにも母さんにも面白いものを見たように笑われてしまった。

 亜沙子とは、中学卒業から高一の春が終わる頃まで付き合っていた。初めての彼女で恋愛慣れしていなかったとはいえ、あまりにも相性の悪い相手だった気がする。


「後にも先にも、あたしをいじめ倒してきた圭都くんの彼女は亜沙子ちゃんだけだったよ。まあ、向こうからしてみればどこにでもあたしが付いてくるうえに圭都くんがあたしの味方するから、さぞかし面白くなかっただろうけど」

「あらあ、そんなことがあったの? 愛莉ちゃんったらかわいそうに……。圭都のせいでごめんねえ。おばさんね、今の圭都の彼女が愛莉ちゃんでほんとに嬉しいわあ。最初からそうしてればよかったのに、圭都ったらフラフラしちゃってねえ。このままずっと圭都とお付き合いして、いつかお嫁に来てくれたら嬉しいなあ。圭都、あんた愛莉ちゃん怒らせてふられたら駄目よ」

「はいはい」

「おばさん、あたしそんなに怒りっぽくないから大丈夫だよ」

「確かにそうね。圭都もあまり不満とか言わないほうだし、お互いに色々溜めこまないように仲良くやんなさいね。それにしても亜沙子ちゃんは高校卒業してあっという間に結婚したと思ったらまたあっという間に離婚して、忙しい子ねー」

「あいつ、飽きっぽいし短気だから。もう亜沙子の話はやめよ」


 母親と今の彼女が元カノの話をしている状況が嫌すぎる。離婚して帰ってきたというご近所さんの噂話を嬉々として共有するのも罪悪感がある。どうせもう関わりない人のことなんだから、あまり触れないに越したことはない。



 人間、二十六年目の人生になってくると、離婚する同級生もいれば結婚する同級生もいる。人生上り坂の奴も、下り坂の奴もいる。

 少々洒落た雰囲気の、都心に近いホテル内の宴会場。五年前、二十歳のときにあった同窓会は地元の安い焼き肉屋だったのに、六年経つと会場も妙にグレードアップしてしまった。

 参加費もグレードアップ。幹事の名前を確認したら、最近起業してめっちゃ稼いでると噂の男子が仕切っているようだ。数えるほどしか会話したことがないけれど、高級志向というか、こういう場所が好きそうなイメージではあるので納得した。

 俺は会場入りして早々に、中学で特別仲の良かった友人たちの顔を見つけて固まって話していた。

 つっきー、おまつ、ポテ、ミドリ。男三人、女二人のグループ。確か、偶然このメンバーで修学旅行の班を組むことになり、意気投合したのが仲良くなるきっかけだったはず。

 俺はいじめられたりはしないけどクラスの中心人物にもなれない、目立たぬ中学生活を送っていた。彼らも俺と似たあまり騒がないタイプばかりで、大人になった今集まっても静かで落ち着いた空気感は健在だ。

 昨年女の子を出産したミドリは、今日は子ども連れで来ている。俺らに見せびらかしたかったそうだ。最初のうちはにこにこ笑ってふにゃふにゃ言っていたけれど、今はミドリにだっこされたまま眠っている赤ちゃん。可愛い。


「大福みたいだねえ」

「ポテ、うちの娘を食べないでよね」

「食べるわけないでしょう」


 本気で怒っているように見える怖い顔ををするミドリにびびって、ポテの笑顔が引きつる。彼女は修学旅行の荷物に大量のポテチを持参してきたのが俺たちの注目を浴び、あだ名がポテになったまま今に至る。スナック菓子が大好きなのに、いくら食っても太らないという羨ましい体質は相変わらずで、今日も久々に会った印象は「華奢な子」だった。

 女性陣二人が赤ちゃんを眺めて和んでいるのを、俺とつっきー、お松の男性陣は微笑ましく見ていた。そういえば、お松も少し前に結婚したんだっけ。式には行けなかったけど、報告だけはもらった。


「遅くなったけど、お松も結婚おめでとう」

「そーじゃん、おめでとう。相手の人、一組だか二組だかにいた何とかさんなんだろ?」


 情報があやふやすぎるつっきーに苦笑しつつ、お松はうなずいた。


「ありがとう。一組だった綾部あやべさん」


 正直、綾部さんがどんな人だったかまったく記憶にない。たぶん喋ったこともない。


「あそこにいる、ベージュの服着てるのがそう」


 お松が少し離れた場所にいる女子たちの輪に視線を向けて言う。彼の眼鏡の奥の知的な瞳がふっと和らいだ。ベージュの服の子は、俺らと違って快活に笑ったりして明るい雰囲気を醸していたけれど、落ち着きはらったお松と並べばどこかしっくりくるような、不思議なぴったり感があった。

 その綾部さん……というか、今はお松と結婚して松下まつしたさんになっている彼女のそばに、亜沙子の姿を見つける。


「亜沙子、来てたんだな。おれのかーちゃんが離婚したらしいとか言ってたけど」


 俺や亜沙子の住む住宅地と隣合わせの団地に実家のあるつっきーが、俺の視線に気づいてそう言った。

 このグループの中で唯一小学校も同じで、俺のことも亜沙子のことも幼い頃から知っている彼は、俺と彼女が交際していた時期を思い出したのか、少しばかり顔をしかめた。


「気落ちしてるかと思ってたけど、ここに顔出す元気があるなら大丈夫そうだね」


 つっきーにため息を吐かれる。


「圭ちゃんはお人よしだな。勝手に付き合う話に持ってかれて勝手にふられたような相手なのに」


 お松やポテ、ミドリも同じような顔で俺を見ていた。俺はひらひらと手を横に振る。


「ほら、勝手にってのも違うしさ。俺もなんかよくわかってなくて、流されてオッケーしちゃったし」


 中学卒業の時期に、学年で参加できる奴が集まって卒業パーティーのようなものをしたのだけれど、俺と亜沙子の家が近所だとかいう話題になり、周囲に囃し立てられてノリで彼氏彼女になってしまっただけ。でも亜沙子は拒否しなかったし、俺もまあいいかとしか思わなくて、そのまま受け入れてしまった。


「しかも、俺が振ったほう」

「あ、そうなん? 亜沙子すんげえ怒ってたから、あいつが怒りに任せて振ったんかと。振ったのお前かよ。十年越しの真実だわ。なんで?」

「なんでって……だってあっちゃ……じゃなくて愛莉。俺の隣ん家の女の子、大人げなくいじめるから。やめろって言ってもやめないし」


 全員、俺の家には遊びに来たことがあるからあっちゃんとは一応会ったことがある。覚えてるかはわからないけど。ミドリが「あ、」と思い出したように声を発した。


「圭ちゃんにずっとくっついてて可愛かった子だよね。今元気?」

「元気……だよ」


 言うかどうか少し迷って、結局言うことにする。この顔ぶれなら、言ってもいい気がした。


「びっくりしてもいいから、あんまりドン引かずに俺のこと嫌わないでほしいんだけど……元気だし、今の、俺の彼女」


 みんな、ちょっと黙ってぽかんとしていた。お松が我に返ったように箸でつまんだままの肉を口に入れる。それを合図にみんな徐々に、驚いたりうなずいたりし始めた。一番びっくりしてるのは、ポテ。


「そうなんだ!? あの子かなり年下じゃなかった? 今いくつ?」

「十五歳……だけど、今高一だから誕生日来たら十六」

「高校生かあ。あ、だからドン引かないでほしいとか言ったの? 大丈夫だよ、わたしたち圭ちゃんがJK好きの変態だとかそんなのこれっぽっちも思ってないから!」

「ちょミドリ、声でかい! ……変態とか大声で言うな」

「ははは。こんな模範的な男が変態なわけないもんな。つっきーは近所だろ、知ってたの?」

「お松も声でかいって」

「いや? おれ実家出てるから戻ってきたの久々だもん。でもそっかー、あの愛莉ちゃんと付き合ってんのかあー、よくわからんけどしっくりくるわ。収まるべきところに収まってる感がある!」


 みんなの反応にどこかほっとした気分になる。彼らと友人でいられて良かった。


「……ん? じゃあこの中でパートナーがいないのおれだけ!?」

「つっきー、安心して。わたしもいないよ」

「ポテー! おれの彼女にならないか!?」

「ごめんなさい」

「秒で振られた!?」


 俺たちにしては珍しく、明るい笑いが起こる。でもそうして俄かに騒がしくしてみても、全然嫌な雰囲気じゃなかった。

 俺ら五人というちょっと珍しいグループから笑い声が聞こえたからか、他のグループからいくつか視線を感じる。

 なんとなく顔を横に向けると亜沙子と目が合った気がした。けれど一瞬のことだったから、勘違いだったのかもしれない。

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