第二章 如月皐月

(1)公開告白

 うちの高校の野球部には、「公開告白」という意味不明な伝統がある。

 野球部員が好きな人に告白するときは相手の教室に乗り込み、クラスメイトの前で大声で交際を申し込むのだ。

 告白する側がどういう神経でこれをやるのかは知らないが、される側からしたらたまったものではない。同級生たちの注目を浴びるなんて公開告白ならぬ公開処刑。

 一度だけクラスメイトが被害に遭っていたのに居合わせたけれど、ばっさりと振られて教室全体が超気まずい空気になって終わった。


 体育会系は本当にどうかしている。というわたしも、体育会系に限りなく近いと言われる吹奏楽部に所属しているが、それでもやっぱりどうかしていると思う。

 とにかく、そんな馬鹿げた告白の伝統はこっちの部活にはない。わたしにも縁のないイベントだった。はずなのに。


 野球部の急襲は、夏休みにも関わらず突然やって来る。


 猛暑にもいいかげん慣れてきた八月下旬の午後。練習を終えて楽器の片づけをしていると、音楽室のドアを盛大に開ける者が現れた。


「失礼します! 二年一組野球部、大橋おおはしりょうです! 交際の申し込みに参りました!!」


 大声で名乗る坊主頭の大柄な男子に、教室内にいた部員たちが一斉に注目する。

 わたしもその中の一人。だけど、ただただ好奇の視線を向ける他の人たちとは違って、わたしはちょっと焦っていた。

 大橋涼って。美蘭の好きな人じゃん。

 同い年の幼なじみ兼親友の顔を思い浮かべる。彼女は中学生の頃から大橋涼に片思いしていて、彼を追いかけてこの高校に入ったのだ。

 だけど、美蘭は吹奏楽部ではない。あの子はチアリーディング部だ。ここにはいない。

 つまりこの状況、美蘭は失恋……?

 はらはらして大橋涼が誰の名前を呼ぶのか見ていると、彼とわたしの目が合った。


「二年二組、如月皐月さん!」


 ……ん?

 よくよく聞きなれた……というか自分の名前が呼ばれた気がして、思考が停止する。


「好きです! 付き合ってください!!!!」


 その場にいた全員の目がぎゅいんと、彼からわたしへ移動した。

 野球部ピッチャー、大橋涼の公開告白の相手って。


 わ、わ、わ、わたしかーい!!!!!

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