第9話 夢の世界へ

 部屋に戻ったレモンは、カラカラに乾いた喉を潤すため冷たいレモン水を一気に飲み干した。

「レモン様、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。それより、今晩は二人で『夢見の術』をしようと思うんだが……」

「はい。手がかりがない今、それしか方法がないと思います」

 いまだだ敵のみえない状況に二人は焦っていた。みんなの第一・第二チャクラレベルが2~3レベルまで落ちているからだ。魔女を目指す者たちは、一般の人間よりチャクラが安定している。通常レベル7~8。常にその状態を保つために、毎日瞑想してオーラを浄化し、オーラプロテクトを行うのだ。

「レモン様。みかん様は、ご自分のチャクラの状態に気づいていないのでしょうか?」

「そこなんだ。みかんだけじゃない。他の生徒や先生方まで気づかないなんてことがあると思うか?」

「おかしいですよね。それに恋の病にかかって、チャクラレベルが低下するなんて……。そんな話は聞いたことがありません」

「恋をして幸せオーラ全開なのに肉体レベルが低下するなんて、まるで死霊に憑りつかれた人間の昔話だ。だが、私とアスパラ以外の人間が死霊に憑りつかれるなんてことがあり得るか?」

「この学園内では、あり得ません」

「あぁ、鍵は夢の中にあるはずだ。今晩、もう一度私の部屋に来てくれ」

「はい。かしこまりました」

 アスパラは強張った表情のまま、レモンの部屋を出て行った。今、この学園で敵の術に落ちていないのは、自分とレモン様だけ。先生方の手も借りずに、この難敵と戦えるのだろうか?アスパラは胸に下げたロザリオをぎゅっと握りしめた。


 夕飯と入浴を済ませ生徒たちが自分の部屋へと戻った頃、アスパラはレモンの部屋にいた。自分の部屋にいたみかんは、体調が優れないことに気づいていた。疲れやすいし、だるくてしかたがない。いつもなら、この時点で自分の体調をチェックする。しかし今、みかんの頭の中は、夢の中の恋人でいっぱいだった。今晩、結婚できることが嬉しくて仕方なかった。

「私、どうしたのかしら? こんなにドキドキして嬉しいのに、体に力が入らない……」

 みかんは、まどろみの中にいた。

「——を」

「えっ?」

 夢うつつの中、みかんの頭に届く小さな声。その声は、深い海の中から聞こえるようにくぐもっていて、ハッキリしなかった。

「クリ……ルを、む……に……」

「ダメだ……わ。うまく、聞き取れない」

 みかんは、そのまま夢の中へ落ちて行った。

「レモン様。みかん様が、夢の世界のゲートを開きました」

「わかった。では、私の肉体に何か変化が起きたら、すぐにたたき起こしてくれ!」

「はい! お気をつけて」

 レモンは、自分の意識をみかんの夢の世界へと飛ばした。通常ならば、夢の中で殺されても自分の肉体に変化は起こらない。しかし、今回の場合は魔界の者が夢を操作し、人間の住む三次元世界とリンクさせているかもしれない。そうなれば、夢での傷は三次元の肉体も傷つける。アスパラはベッドで眠るレモンの小さな変化も見逃すまいと緊張していた。


 みかんの夢の世界に入ったレモンは、異様な光景に息を飲む。空も町の建造物も張りぼてのようだし、町を歩いているのは、紙人形だ。

「なんだ? 安くさい舞台のセットみたいだな」

 レモンが夢の世界に入るのは、これが初めてではない。以前見た夢の世界は、日常となんら変わらないもっとリアルなものだった。ぼぉっと、夢の世界を見ていたレモンが我に返る。

「やばい! 早くみかんを探さなくては」

 レモンは呪文を唱えた。すると、右肩に赤いドレスを着た小さな妖精が現れた。レモンの使い魔・バラの精である。

「ローズ、急いでみかんの場所へ案内してくれ」

 ローズは羽根を広げ、ふわりふわりとレモンを道案内する。案内された場所は、張りぼての小さな教会だった。みかんは、ここで結婚式を挙げようとしている。紙人形の参列者に囲まれて……。みかんの隣にいる新郎は――


「〇×△♯~~~ギャー————— ガ、ガマ!!!」


 レモンが悲鳴をあげて倒れると、部屋の中で寝ていたレモンの肉体が、痙攣を起こした。アスパラがすぐさま、レモンをたたき起こす。

「レモン様! レモン様!!」



 





 

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