二週目
第8話 月曜・全体会議
月曜の午後。例の公園に、5人は終結していた。
「さて、あれから一週間経ったわけだけど……何か、あったか?」
透が皆の顔を見渡した。特にめぼしい進展は無さそうだ。
「みんなの見回りと周知のおかげか、とりあえず個人商店での窃盗被害は減ったらしい。ただ今度は、大手リサイクルショップとスーパーからの窃盗が増えた。それと数件、客の財布から少額の現金が盗られて被害届が出てる……多分、スリだろうって」
「減った……ってことは、個人商店も被害はゼロでは無いんだよね?」
「そう。残念ながら」
透から手渡されたリストを読みながら、実智は軽く握った右の拳を口元に当てがい、その肘を左手で支えている。考え事をしている時の癖だ。
「ターゲットが変わったのね」
「まあ、あれだけポスター貼りまくれば、流石に逃げるだろ」
盗難注意・監視カメラ作動中と書いたポスターを、4つある各商店街のほとんど全ての店舗に配布していた。全ての店がポスターを貼ったわけでは無いし、また、実際に監視カメラを設置したのはほんの数店舗だったが、ある程度の効果はあったわけだ。
「このままどっか行ってくれりゃいいんだけど……」
「いや、捕まえようよ!」
「それは警察の仕事だろ。まあでも、せめて情報提供ぐらいはしたいとこだよな」
ねえ、と実智が顔を上げる。
「ビデオカメラ、実際に録画してたんだよね。透、それ全部見て………」
透が黙って首を振る。
「仕事の合間に設置した店を回ってデータ回収して、PCに取り込むとこまではやってある。ただ、見るのは時間がかかるから」
「デジタル機器使ってても、手法はえらくアナログなんだな」
ハルの指摘はもっともだった。だが、現行の警備システムに新たにカメラを追加するとなれば費用が嵩むわけで、正直そこまでして……という意見が多数だろうと思われた。なので、機材持ち寄り人海戦術のツギハギシステムを取らざるを得ない。
「画像共有してくれれば、私も手伝う。ちょっと、考えがあるの」
皆の視線が一気に集まり、実智にその先を促す。
「希望的観測かもしれないけど、犯人は地元の人間じゃない……と、思う」
「どゆこと?」
そうであって欲しいけど、という表情で尋ねる道行に、実智は頷いた。
「このリスト、個人商店の被害は先週前半がほとんどよね? ってことは、ポスターやカメラに気づいて、ターゲットを変えた」
「うん? そう、だね……」
「地元住民は、それより前に被害を把握してたもの。商店街会議で話し合われたし、私たちも口頭やなんかですぐさま広めてたから」
「あ、そうか。ポスターやカメラを設置出来たのって、水曜以降だ……」
我が意を得たり、といった様子で実智が頷く。水曜が休みの実智と現在就活中の花奈が中心になり、ポスターを配ったりカメラ設置のお願いをしに回ったのだ。そしてその日、各店の営業後に透がビデオカメラを設置した。
「日曜に議題に上って、月曜の昼過ぎには回覧板を回して……そうだな、地元民ならほとんどの人は、週明けには知ってた筈」
「なのに犯人は、ポスターを見るまで自分の犯行が話題になってることを知らなかった。よって、地元民の可能性は低い、と。なるほどな」
感心した面持ちのハルが親指を立て、実智も同様の仕草を返した。
「そう。でもハルの言う通り、あくまで可能性の話ね。地元住民の中にも、知らなかった人がいるかもしれないし」
「みのりちゃんの推理、きっと合ってるよ! だって、今までほとんど窃盗なんか無かったんだし。たまたまご近所情報を知らなかった、極わずかな住民のひとりが犯人! なんて……確率低いと思う」
「そうだよ、友達のラインとかでも情報回ってたもん! イェー! 実智ちゃん、名探偵!」
でもね、と実智が諭す。固定観念は目を曇らせるから、あくまでも推測は推測として……あ、これ道行は聞いてないな……
「じゃあ、じゃあ、録画したビデオで知らない人を探せばいいんだね? 僕も手伝う!」
高校大学も地元で通ったため友達の多くが地元民である道行は、殊の外嬉しそうだ。自分の家も含め、被害に遭っている人の中には友人や知り合いも多く、心を痛めていただろう。その上、犯人が身近にいるかもしれないと疑う必要が無くなるのだ。しばらくここを離れていた実智は、道行のそんな思いに今まで気づかなかった。
地元の人間の犯行である可能性が無くなった訳ではないのだが、今それを指摘する必要は無いと判断し、実智は口を噤んだ。
「ねえ、これ……昨日の無銭飲食被害の『闇月亭』って、みっちゃんちのお得意さんじゃない? 何度か一緒に食べに行ったよね?」
「え、あの中華の? ……ほんとだ」
リストは4つの商店街ごとに分けられており、その闇月軒は商店街を外れた住宅街の中にある店だった。道行が、リストの最下欄をまじまじと凝視している。
「闇月亭? 昨日?!」
なぜか動揺している実智を不思議に思いながらも、透が説明する。
「気づいた時には空席になってて、いつ客がいなくなったかわからない。食器は椅子の上に纏めて隠されてて、それに気づいたのがレジ締めの時。だから犯行時刻は不明。昼以降としか……で、不思議なことに、その客の人相や服装を、誰も覚えてないらしい。俺も駐在さんから聞いただけなんで、詳しいことはわからないんだけど……考えてみれば変な話だよな」
「だよね。僕、店長さん知り合いだから、電話してちょっと聞いてみる」
「ちょっと待って。電話なら私が、あっ」
道行を遮り電話をかけようとした実智の手をハルが捕まえ、ニッと笑った。
「……怪しい。なんか隠してるだろ。道行、電話しろ」
「ラジャー!」
「ちょっと、離しなさいよ! 別に何も隠してないから」
「嘘だね。お前がそんなに動揺するとか、おかしいもん。キシシシ」
実智を助けたいけれど電話の内容も気になっているのだろう、花奈は道行と実智の間を徒らにうろうろするばかりだ。透は既に道行にくっついて、電話の内容に耳を傾けていた。
「あっ、お前! 下駄の上から! ヒールでっ! 踏むとか! 反則だろ!あぶああ危ないから!」
「うるさい! あんたが悪い! 電話返してよ! 返せってば……」
「うおお! なんだそれお前、飛び道具か! おのれ卑怯なりぃ」
スマホを取り戻した実智は、腕に巻きつけた革紐のブレスレットを外し振り回していた。道行の電話を阻止するのは諦めて、ハルに憂さ晴らししているらしい。ハルは愛用の鉄芯入り木刀を振りかざし、ブレスレットの先に付いた金具フックの襲撃をはね返している。
「おだまり、似非侍! この私にたてつこうなんて、10年早くってよ!」
「ムチは止めて女王様~」
いつものようにふざけ始めたふたりを見て安心した花奈は、今では道行の隣でふむふむと電話の内容に頷き、時たま驚いたように目を見開き口元を指先で隠している。花奈の反対側では、ニヤニヤを隠しきれない透が丸めた肩を揺らす。
「あ、あ~あ。石が割れちゃったじゃない。どうしてくれんのよ、ハル」
「知るか。ってかそれ、その石。装飾じゃなくて攻撃力アップのために付けてんだろ」
「当たり前じゃ……いや、石だけに一石二鳥ってやつで」
「ビシッ! じゃねーから」
グッと親指を立てた真顔の実智に、ハルがちょいちょいと手招きをする。
「ちょい、それ見して。いいじゃん、これ」
「でしょ。こないだ花奈に教えてもらって作ったの。作ったげよっか? ハルならもっとゴツい方がいいよね」
「うん。紐太めで……あ、編んだやつもいいな。石よりシルバービーズジャラジャラがいい」
「それだとうんと高くなるよ」
「マジか……着けなくなったリングとかは? 使えないかな」
「リングって指輪? うーん……あ、割といいかも。潰して半円状にしてさ、束ねた紐に通すの」
いつの間にかしゃがみこんで無駄話に移行している間に、道行の電話が終わった。おずおずと、花奈が声をかける。
「えっと……みのりちゃん?」
「日曜の昼過ぎぃ、闇月亭で一緒に飯食ってた男ってぇ……」
「誰かなぁぁぁあ?」
目を逸らした実智が、低く唸るような声で答える。
「……うるさい。あと透、ニヤニヤしないで気持ち悪い」
「どうした実智、珍しい。雪でも降るんじゃないか」
花奈がキラキラした瞳で、道行はワクワク顔、透は盛大にニヤつきながら、にじり寄ってくる。ハルも興味津々の様子だ。
「まあまあ、ここはひとつ、話を聞こうじゃないか」
「オジ専炸裂みたいだね。でも、僕はいいと思うよ」
「みのりちゃん? あたし、どんな人だって応援するよ」
「さあ吐け! 吐くんだ実智! さあっ」
「あんたたち、マジでうざぁい……」
☆☆☆☆☆
……でもさあ、普段ナンパとかひと睨みで撃退するみのりちゃんだよ? ……だよなあ、いくら偶然会ったって言っても、初対面の客だしな……まさかの逆ナンとは……なんかあるよね? 怪しいよね……ちょうイケメンだったとか?……
「ちょっとアンタ達! 聞こえるようにヒソヒソするの止めなさいよね! さっきも言った通り、あの店の近くで匂い嗅いだら食べたくなったの。そこでちょうど会って、一人で入るよりはと思って誘っただけだってば。逆ナンとかじゃないから」
「本当にぃ~?」
「ねえ、どんな人? イケメン? 仕事何してるの?」
「今年の商店街組合役員としては、俺も把握しておきたいところだな」
「そうだよな、俺らだってご近所さんになるわけだし、商売上顔ぐらいは知っておかないと」
4人が立ちはだかりぐいぐい詰め寄ってくるので思わず後ずさりしかけたが、実智はなんとか踏み留まった。全く、みんなして嘘ばっかり。いい歳した独り身の男が商店街の、それも生鮮食品の個人商店に関わる可能性なんてほぼ無いでしょうよ!
「言いません。個人情報だもの」
「えーケチ。見た目ぐらいいいじゃん。有名人で例えたら誰に似てる?」
「声は? みのりちゃん声フェチじゃん」
ほら、単に興味があるだけだ。それに私、別に声フェチじゃないし……
「もう! 私のことはいいの! 窃盗犯の話はどうしたのよ」
「だって、今のところ情報無いじゃん。それより実智ちゃんの恋バナに興味がありまーす」
「だよな。珍しいもん」
「中学時代、男ギライで通っていた実智にこんな浮いた話が出ようとは……透にぃちゃんは感無量です。きっとご両親も草葉の陰で」
「両親とも健在だから。それより寺尾の件は? 今日出発じゃなかった?」
透の悪ノリを軽く往なし、実智は話を変えた。
「あー……そうそう。この後凪一のトコまで送ってくんだわ」
「凪一くんもスゴイよね……碌に理由も聞かずに受け入れオッケーしてくれるんだもん」
「まあ、今回が初めてじゃないしな。ってか、俺もまだ理由知らないんだけど」
皆の視線が、またもや実智に集まる。面倒臭そうに、実智は肩を竦めた。まあ、さっきの話題からは逸れてくれたようでありがたい。
「寺尾の距離感の近さが気になってね、対人関係の不安からくるものじゃないかと思ったわけ。で、ちょっとコンプレックスを突いてみたら、自分からペラペラ話し出したのよ。きっと、誰かに話したかったんだと思う」
「コンプレックス?」
「ちょっと、北関東訛りがあったじゃない?」
「……そう、だった?」
「気づかなかった」「俺も」
寺尾が語ったところによると、彼は北関東の出身で、中学2年の時に親の離婚により母親とふたり、こちらへ出てきた。微妙な時期の転校だったのと、言葉をからかわれたこともあり、周囲から孤立。悪い連中とつるむように。訛りが目立たないように話すうち、いつの間にかあんな喋り方になったらしい。高校へ進学するも中途退学し、悪仲間からの口利きで小遣い稼ぎ程度に仕事をしながらブラブラしていた。
今のままではいけないことはわかっていたが、時たま仕事をくれる仲間と離れることが出来ず、金が尽きれば母親や付き合っていた女性に金を集り、パチンコで日銭を稼ぎ……
「仲間に搾取されてるのは、自分でも薄々気付いてたらしいの。ハルと最初に会った時も、タダ働きさせられてたって。だからね、今の環境から一旦離れる必要があると思ったの。悪い先輩とやらも、さすがに県またいでまで追いかけては来ないでしょ。もし行ったとしても……」
「凪一に追い返されるし、ってことか」
実智が神妙に頷く。
「悪仲間から離れつつ、収入を確保出来ればと思って。完全に凪一くん頼みで、申し訳ないんだけどね」
「いや、人手は多いほうが有難いってさ。喜んでたよ」
「なら良かった」
「寺尾くん、大丈夫かなぁ。『ナギトとかぁ、超カッケえ名前じゃないっすかぁ。ハルさんのお兄さんなら優しそうだしぃ』とか言ってたけど……」
寺尾の真似をして上体をクネクネさせながらも、道行は心配そうに言う。
「確かに、名前の字面は優しいけどねぇ」
「本人はゴリラだからな。俺とは似ても似つかぬ、ムッキムキのスパルタ体育会系海ゴリラ」
「ハル、おまえ……わざと言わなかったろ?」
「だって、その方が面白そうじゃん?」
平然と言ってのけ、ハルはニヤリと笑った。
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