33話 体育祭の打ち上げ

 ……。どうしてこうなってしまったのだろうか?

 駅前のカラオケルームの個室、俺は馬鹿うるさい音楽BGMと壁に反射する色鮮やかなライトに辟易しながら、縮もるようにソファーに座っていた。

 ————約二時間前の話である。あの場でぶっ倒れた俺は目が覚めると保健室に居た。


 その頃裏側では丁度体育祭の閉会式が終わった直後であり、そのまま俺も帰ろうとしたところをクラスの人に捕まり、半ばが強引に打ち上げに参加することになったのである。


 そのせいで行きたくもないカラオケに駆り出された俺は現在気まずいながらここに座って居た。流石にクラス全員が入れるスペースが無かったので、俺達は何グループかに分かれて部屋に入ることにした。因みに俺の部屋には黒崎、七宮、水沢、大岩、石田というよりにもよってクラスのリア充集団と同じ空間で時を過ごしている。


 幾ら何でもこんなのあんまりだよ……俺もう帰りたい。


 先程から石田がウェーイだの騒ぎ立てているせいで、一層俺が空間の中で異質な存在として浮きまくっている。もうこれ一種の拷問だろ……なんて思いながら俺は適当にスマホを弄って現実逃避していた。


「次、立花君の番じゃん。ほら何か曲入れるべ」


 とうとう石田がそんな事を口にした。俺はお前を絶対に許さない。

 つーか元を言えば俺がこいつに無駄に気に入られたせいでこんな事になってんだよな。


 保健室に居た俺をここまで強引に連れてきたのもこいつだし。

 幾らリレーの選手代わったからといって、くっ付いてき過ぎである。


「いや俺、歌とかマジで下手だし……」


 実際問題、俺はかなりの音痴だ。まぁそれはいいとしても一番の問題はこの場で俺が歌を披露する事によって、微妙な空気を作ってしまう事に他ならない。


「大丈夫だべ、余裕っしょ!」


 だから余裕っしょ! じゃねーっつの。

 あーもういい、分かった。歌えばいいんだろ。でもその後の空気がぶっ壊れようが責任は取らないからな。場の空気を乱す事に定評のある俺の本気を見せてやるよ。

 雰囲気デストロイヤーの異名は伊達じゃねぇからな。


 そんな事を思いながら俺は適当に曲を選んだ。

 直後に画面に送信した曲名が表示される。


 ふっ、誰も知らない曲を歌って場を凍らせてやるぜ!

 なんて思いながら俺がマイクを握ると、隣にいた石田が急に反応し始める。


「やっべぇー、それ今やってる仮面ライダーのOPテーマじゃん。俺も好きなんだよその曲、立花君、俺と一緒に歌うべ!」 


「お、おう……」


 途端にテンションを上げながら石田がそう口にしたので、俺は思わず頷いてしまった。

 いやお前、そっちもいける口なのかよ……。

 内心でそう突っ込みながら俺は何故かコイツとデュエットする事になった。


 ※※※※


 ……うげぇマジで疲れた。俺はカラオケルームの個室を出て、トイレに向かっていた。

 そこまで仲良くない人と密室に数時間もいることでここまで神経を使うとは思わなかった。因みに先程の石田とのデュエットは彼のお陰で俺の音痴がバレずに事なきを得た。他の奴らも乗ってくれたお陰で、割と気持ちよく歌えたしな。


 やっぱりあいつらスゲーよ。こんな俺でも受け入れてくれるんだもん。

 ホントに同じ人間とは思えない。なんて思っていると、曲がり角の先から声が聞こえた。


「七宮、良かったら明日俺とデートしてくれないか?」


 ……。今衝撃的な内容が聞こえた気がする。声主は恐らく大岩であろう。

 そういえば俺がトイレ行く前から部屋に居なかったもんな。まさかこんな所で二人して会話しているとは……。つーかこれ実質的な告白だろ。七宮はどう答えるのだろうか?


 明日ってまだ決まってないけど、俺と映画行く的な事をあいつが言ってたしな……。


「あー、どうだろ……。ちょっと突然すぎて正直びっくりしているというか」


「わりぃ、七宮の気持ち考えていなかった。でも俺本気なんだ。だから一度でいいからチャンスをくれないか?」


 俺も勘づいていたが、やはり大岩は七宮のことが好きらしい。思えば大縄跳びの時も庇っていたし、リレーの時も俺に探りを入れてきたもんな。


「ちょっと考えさせて欲しいし……。今日中には返事するから」


 七宮は迷っているのか……。つーかこれ以上会話を盗み聞きするのは不味いな。

 二人の話も終わりそうだしいったん離れるか。

 そう考えた俺は身体を翻えして、一度その場を後にした。


 ※※※※


 あれから一時間もしないうちにの終了時間がやってきたので、俺達は会計を済ませて外に出ていた。どうやらここらでクラス全体の打ち上げは終了らしく、解散することになった。この後は各自夕食を食べたり、帰る人だったり様々であろう。


 当然俺には帰宅という選択肢しか無かった故に帰ることを選択する。

 丁度正面には七宮と大岩が楽しそうに会話をしている光景が目に入る。


 何つーか変な気分である。まぁどうでもいいかと俺が気持ちを切り替えると、隣から水沢が話しかけてきた。


「あの二人の事が気になるのかい?」


「別にそんな事ねぇけど、急に何だよ」


「その割には視線送っているように見えたけど」


「気のせいだろ」


 本当によく見てるなこいつは……。流石はクラス委員といったところか。

 後単純に察しがいいんだろうな。だから周りの人と上手くコミュニケーションが取れる。


 俺にもっとも欠けている能力だ。


「あの二人、結構いい感じに見えるよね。このまま付き合う可能性もあると僕は思うよ」


「まぁー、別に良いんじゃねーの?」


 この手の話題には興味がない。だから俺は適当に返事をした。

 だが水沢はその後も一方的にしゃべり続けた。


「それにしても立花君、今日は大活躍だったね。お陰で紅組が勝った上にクラス別でも一位を獲ることが出来たし」


「偶然だろ。それにクラスで一番貢献したのはお前だ。クラスをまとめ上げた事に加えて個人種目でも活躍したしな」


「ははっ、やっぱり立花君は面白い人だね。咲良が言ってた通りだ」


「あいつが何か言ってたのか?」


「ああ、立花君がリレー選手を決めるときの50メートル走で手を抜いていたって言われたんだ。彼女は君のことを良く見ているよ」


「……気のせいだろ」


 水沢が一体何を言いたいのか理解できなかった。いやそもそもこの会話自体に何の意味も無いのかもしれない。所詮暇つぶし程度のものだ。そんな事を思いながら俺は彼とその場で別れた。


 それから俺は最寄り駅まで歩いて、駅のホームで電車を待っていた。すると背後から見知った声が聞こえてきた。


「あ、ハル君見つけた」


 俺の視界に現れたのは七宮であった。


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