幼馴染で純情すぎる悪魔少女のハルマゲドンラブ ~異類婚学園イチャイチャ戦記~

百目青龍

1章 軟弱天使コーイチと恐怖の空中散歩

第1話 ケンタウロス少女は可憐な姫

 角を曲がってすぐユキの瞳に映ったのは、信号待ちの交差点の人だかりだった。登校のひととき。ユキからは少し距離があったが、人垣の中心に人馬一体となったクラスメイト、ケンタウロス少女の逢沢花林あいざわかりんが見えた。

 ふいに顔をそむけてしまうユキ。


 ここはケンタウロスをはじめとした神話上のクリーチャーはもとより、女神やエルフ、悪魔に死神などの異世界からやってきた住人がふつうに闊歩する街角。げんにいま、ユキ自身が美しくも朴訥な天使と一緒に登校の途上にあるではないか。


 ユキ顔をそらし、瞳を曇らせたのには理由がある。かつては友であった花林と関係をこじらせてしまい、顔を合わせるのがどうにも気まずい。

 にもかかわらず。


「コ、コーイチぃ?」

 ユキと肩をならべてノンビリ談笑しながら歩いていた幼馴染みの天使が、すでに走りだしている。

 小さくなってゆくコーイチの背中。たたし天使のトレードマークである肩甲骨から生える翼は確認できず、いたって標準的な男子にしか見えない。

 渋々ながらではあったが、ユキもまた、リュックをゆらし、小走りになって彼を追いかけるのだった。


 夏が終焉しつつある空の下。

 半袖のスクールブラウスを華奢な上半身にまとい、下半身が筋骨たくましい馬といった、ギャップ萌えもはなはだしい少女がさかんに囃し立てられている。大山鯛おおやまだい高校二年のおなじクラスに在籍するイケてない三バカトリオに絡まれているのだ。


 コーイチが走った理由がまさにこれ。男女問わず不当にイジられる生徒を眼にすれば、天使としての性分がスルーを許さず、どうしたって救援にむかってしまうのだ。

 過剰なまでの親切と正義感。

 それこそコーイチ少年のもつ慈悲深い性格であり、地上に舞い降りた天使ならではの属性だった。


 人垣をかきわけ、騒動の中心人物へと近づいてゆく。ユキもまた、ぶーぶー文句を垂れながらギャラリーを押しのけ、コーイチの後にしたがう。

 馬の背丈がある分、逢沢花林がユキを見下ろす恰好となった。構図的にはケンタウロス少女を見上げるふたり。ユキがそこにいるのを認めるや、睨めつける逢沢花林。ユキだって負けてはいない。鼻にしわを寄せ、思いっきり顰めっ面をすると、あっかんべーをしてみせた。

 バチバチと火花を散らす少女たち。

 かたやノンビリ天使のコーイチは緊迫する空気のなか、ひとり暢気さのオーラをふりまきながらイジリの首謀者に対し、この上なく穏やかな介入のスタートを切ったのだった。


「坂田くん、こんなことやめようよ。逢沢さんが困ってる」

 間延びした麗しいボーイズソプラノでたしなめるコーイチ。

「なんだぁ、真田か。この天使チビスケ野郎がッ」

 真田というのはコーイチの姓だ。フルネームは真田光一。対してサラサラの茶髪をなびかせ、拳銃をふりかざすのは坂田順という名の少年だ。


 坂田が手にする拳銃。それはドイツの軍用拳銃として知られるワルサーP38だ。が、むろん本物ではなくBB弾ピストルにすぎない。つまるところ廉価な玩具だ。弾丸をいくら浴びせかけられたところで痛くも痒くもない。BB弾を消費し、損をするのは坂田本人ということになる。  

 BB弾がパラパラと路上に落ちる。しかも幾ら撃たれたところで笑みを崩そうとしないコーイチがいる。


「坂田くん。ステキなオモチャですね」

「がーっ。真田ッ。目障りなんだよ。消えろ、消えろぉ。この天使チビスケ野郎がぁッ!」


 コーイチに悪意はない。だが、クラスメイトの大半から、ねじくれハートの持ち主と敬遠されがちな坂田である。褒めたつもりが、皮肉を効かせたセリフに受け取られかねない。

 児戯にひとしい威嚇をくりかえす坂田。ねじ曲がった性格の残念系イケメンというレッテルが災いしてか、カノジョいない歴が十六年におよぶ寂しい身の上だった。


 案の定、坂田は顔を真っ赤にして逆上した。口角泡を飛ばしながら、かしゃかしゃ、とBB弾を激しく発砲しまくる。


「そりゃま。僕は天使だけどさ」

 コーイチは涼しい顔。まったく空気の読めない天使である。飽くまでも折り目正しく振る舞おうとし、爽やかに笑うばかり。小柄なユキよりもさらに頭一つ小さく、しかも丸顔のせいだろう。風貌はまるで可愛らしい中学生。いまだ声変わりせず、ボーイズソプラノが青空に快く響く。


 ――軟弱天使。

 いかにも、なニックネームだ。でもユキは、幼馴染の少年のこの上ない優しさが好きではなかった。童顔が悪いわけではない。コーイチに逞しさを求めるのは無理だとしても、もっと毅然としてカッコいいところを見せつけて欲しかった。


「逢沢さんが困ってるでしょ。ね、坂田くん、やめようよ」

 ユキがいくら願ったとしても彼の物腰はマシュマロよりも柔らかい。

「べつに困らせているわけじゃねーよ」

 坂田が口を尖らせる。


「じゃ、逢沢さんを行かせてあげて」

「ばーか。俺はお馬に乗ってパカパカ学校に行くんだよッ」

 パーフェクトなアホである。唖然とさせられるフレーズだった。ケンタウロス少女の背にまたがって学校に行く? そんなバカがこの世のどこにいる? さすがの軟弱天使もメガトン級の大馬鹿者にはかなわないのか?


「だけど……」

「チビッ子天使はすっこんでろ!」

 コーイチを大声で一喝すると、攻撃の矛先ふたたびケンタウロス少女にロックオンされる。見ればすでに花林の馬の背にリュックやら鞄やらが無雑作に載せられていた。


「誰があんたなんか、乗せてやるもんですか!」

 可憐な声で吠える逢沢。


 たとえケンタウロスであろうとも少女の背に乗ろうとする発想がおかしい。それとも坂田もまた、そのことをよくわきまえた上で花林を困らせようとしているのか? 

 たしかに男子なら一度は困惑した顔を見てみたい。そう思わせるだけの楚々として器量よしの女子であることは疑いようもないが。


 白く澄みわたった頬を薔薇に染め、さながら北欧の姫君といった清楚な佇まいをみせている。湖を想わせるアイスブルーの瞳も印象的だ。栗色の髪を編みこんで一つにまとめ、横に流し、ロリフェイスなのに凛とした気品に満ちている。


 拒否されればされるほど燃料がくべられ、坂田はますます燃え上がろうとしていた。これは果たして単なる悪意あるイジリなのだろうか?

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