第18話提灯お化け

 選択を誤ると人は何かを失ってしまう。


 あと二週間で年始年末を迎える年の瀬。

 私は一人、夜道を歩いていた。


 その日は帰省してきた友人たちとの飲み会だった。いわゆる忘年会みたいなものだ。

 四人ぐらいで節度を保ちつつ、居酒屋で飲んでいると、隣で騒いでいる私たちと同じくらいの若者が、これから肝試しをしに行こうと言っていた。


 聞き耳を立てるつもりはなかったが、鐘楼しょうろう寺の近くに行くらしい。

 すると友人の一人が「あそこは出るらしいぜ」と私に耳打ちした。


「出るって、幽霊とか妖怪とかか?」

「幽霊はともかく、妖怪ってなんだよ? ……よく分からないが、何人か行方不明になったやつもいるらしいぞ」


 行方不明……なんだか胸騒ぎがする。

 心の奥がざわめくような。


 若者たちは勢いのまま、居酒屋を出てしまった。

 人数は私たちと同じ、四人だ。

 嫌な予感がする……


「どうした柳。顔色悪いぞ?」

「少し、酔ってしまったようだ。すまないが先に帰るよ」


 三人は不思議そうな顔をしたが、気をつけて帰れよと言ってくれた。

 私は居酒屋を出ると鐘楼寺へと向かう。


 暗い道を一人で歩くのは心細かった。

 しかも鐘楼寺は町外れにあるものだから、人気も少ない。

 吐く息も白く、酔いが醒めるほど寒かった。


 しばらく歩くと何やら騒いでいる二人が見えた。

 先ほどの若者たちだった。

 もう二人はどうなったんだろう?


「どうかしましたか?」

「うわああああ!? な、なんだ? あ、あんた誰だ?」


 男と女のカップルだった。後ろから声をかけたので、男のほうは大声で驚き、女は声もなく座り込んだ。

 私は「先ほど、居酒屋にいまして。それで気になる話を聞いたんです」と正直に言った。


「何でも、本当に出るらしいと。それで心配になって追いかけてきたのです」

「え、あ、はあ……」


 怪訝な表情になるのは当たり前だった。胡散臭そうだと顔に出ている。

 もう少し誤魔化せば良かったと後悔する。


「何か、あったんですか?」

「ええと、それが――二人いなくなったんだ」

「いなくなった? どこで?」


 女のほうはしゃがんですすり泣いている。

 男は慌てた口調で説明し出した。


「わ、分からねえ。寺には入れなかったから、周りの壁を一周しようとしたら、途中で消えちまった!」

「ふむ……分かりました。それでは二人とも、ここにいてください。私が探しに行きますから」


 男は不安そうだったが、怯えている女を置いて探すのも、自分一人で探すのもできないらしく、結局私に任せることにした。


 二人の名――マサシとユミという――を呼びながら壁の周りを歩く。

 次第に空気が重くなり、寒さが増している感覚がした。


 前方に赤い光が見える。

 電灯……ではないな。あれは、提灯ちょうちんの灯りだ。


 近づくと二人の男女の周りに提灯がぐるぐる回っている。

 おそらくマサシとユミだろう。


「こっちにおいで。そっちは暗いよ」

「ひいいい!? やめろ、やめてくれええええ!」


 マサシはがたがた震えながら、気絶しているユミを抱き締めている。

 提灯たちはけらけらと笑っている。面白がっているようだ。

 私は近づいて「何をしている!」と言った。


「うん? なんだお前は?」


 提灯の一つが私に話しかけた。

 私は「面白半分で人を怖がらせるな」と言う。


「お前たちだな。人を行方不明にしているのは」

「何を言うか。俺たちは……うん? お前、まさか、神野の子孫か!?」


 気づいた提灯がぱっと後ろに下がる。

 他の提灯も私から離れた。

 その隙に、マサシがユミを抱えてこっちに逃げてくる。


「あ、あんた、助けてくれ!」

「……お前たちはなんなんだ?」


 マサシを無視して提灯たちに訊ねる。


「俺たちは、提灯お化けです」

「提灯お化け……そのまんまだな」

「俺たちはただ、そこの人間をからかっていただけですよう」


 私は「ならもう十分だろう」と冷たく言った。


「二人は返してもらうぞ」

「ええまあ。俺たちはいいですけど。他の妖怪は黙ってませんよ?」


 すると背中のほうから、底冷えするような、おどろおどろしい声がした。


『男と女、どっちを差し出す?』


 それはマサシにも聞こえたようで「ひいいい!? やめてくれえ!?」と悲鳴をあげた。


「俺じゃなく、ユミを、ユミを渡すから、やめてくれえええええ」

「――馬鹿! 答えるな!」


 その瞬間、私の後方から一斉に無数の男の手が飛び出してきた。

 私は咄嗟に気絶しているユミを庇った――


『むう。神野の子孫か。仕方ない、こちらで帳尻合わそう』


 そんな声が聞こえたかと思うと、一本の腕がマサシの身体を掴む。

 それに続くように、次から次へと掴んでいく――


「そんな! 助けて、助けて――」


 腕に引っ張られて――マサシは闇の中に消えてしまった。

 そして静寂が訪れる。


「うけけけ。あやつ、上手くやったなあ」


 提灯お化けたちはそう言い合いながら、すうっと消えてしまった。

 残された私はどうすることもできず、しばらくしてからユミを背負ってその場から去った。


 カップルの二人の元に戻ると、女がユミを見て号泣した。

 男に訊くと、二人は幼馴染らしい。


「ま、マサシは……」

「連れて行かれてしまったよ」


 そう告げると男は蒼白になってしまった。

 私は改めて後ろを振り返った。

 そこには深淵の闇しかなかった。


 ユミはその後、入院することになったが、身体に異常はないようだった。

 ただ暗闇を恐れるようになったという。


 マサシの行方は依然として分からない。

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