友【4】

 それを見てとって、エドワードは畳みかけるように再度言葉を繰り返す。


「僕はあなたと仲良くなりたいんです」


「……本気で言っているのか」


 一拍置いて、青年は言葉を縛り出した。


 エドワードは真っ直ぐにそんな彼を見つめた。


「嘘を言う必要なんてないでしょう?」


 一種の睨みあいに近い形で互いに微動しなかったが、先に目を逸らしたのは青年の方だった。さっと逸らされた視線は、エドワードの右隣に立った店長へと向く。エドワードはそれを目で追い、隣に立つ店長を見た。店長はエドワードと繋いでいた手を離し、腕組みをして青年に苦笑を返す。


「少しは俺の言った言葉の意味がわかっただろ」


 青年の瞳の中に、先程までとは違う感情の色が浮かんだのを、エドワードは確かに目にした。


「口ではなんとでも言えます」


「ああ。でも、君は拒まない」


「私はそんなに甘くない」


「いんや、君も本当は理解しているよ。だって、俺を受け入れてくれた」


「違う。それは兄さんが……」


「俺が?」


 首を傾げる店長に、青年は顔を俯けた。


「俺が妖精王の友であった母さんの子だから、それとも養父とうさんに家族に迎え入れられたから? そうじゃないだろ。それでも、この身に流れる人間の血にも関わらず俺を兄だと認めてくれたのはアルフレッド自身だ」


 青年は肩を震わせた。


 店長の言葉には義弟おとうとに対する信頼がにじみ出ている。そんな店長が信頼を寄せる相手と、エドワードはますます仲良くなりたいと思った。


 エドワードは一歩前に出て、俯いたままの青年の前に立つと、彼の名を呼んだ。


「ア、アルフレッドさん……」


 蜂蜜色の前髪の合間から緑色の瞳がエドワードへと向く。エドワードは、その視界に入る位置に右手を差し出した。その意味がわからず目を瞬かせた相手に、エドワードは不安げに呟く。


「握手です。だめですか?」


 青年はゆっくりと顔を上げ、その手をまじまじと見た。


「お前は何度季節が廻ろうとも、私達の存在を忘れたりはしないか」


「忘れられるはずありません。僕にとって、もう既に大切な人達ですから」


「そうか……」


 はっきりと言いきったエドワードの言葉に、青年はおずおずと己の手をエドワードの手と重ねた。手を通して伝わる熱が確かに妖精かれの存在を示している。エドワードがぎゅっとその手を握れば、視線の先で合わせられなかった目が微笑んでいるように見えた。先程までの威圧感とは違い、その頬笑みは雪解けのようだ、とエドワードは思った。きっと彼はとても優しい人なのだ。そうエドワードに思わせるには十分だった。


「兄さん、私はしばらく彼の言葉を信じてみようと思います」


「うん」


 交わされた兄弟の会話は短いものだったが、それで十分だった。互いに頷き合い、青年は踵を返す。


「もう帰ってしまうんですか」


 ドアノブに手を掛けた青年にエドワードが言葉を投げかければ、青年は蜂蜜色の髪を揺らし振り返った。


「また会おう友よ」


 言葉を音にして、青年はベルの音と共に通りにさす光の中へと身を投じた。ドアの合間から漂う陽の香りを残し、その後ろ姿は遠ざかっていく。エドワードは、それをいつまでも見送っていたが、やがて彼の後姿は光に溶けるように消えてしまった。


「行ってしまいましたね」


 それに名残惜しさを感じてエドワードは呟きをもらす。すると、同じように彼を見送った店長は、安心したように大きな伸びをした。だが次に口にされた言葉にエドワードは思わずぎょっとする。


「うん、でも言葉通り、またすぐにやってくると思うよ」


「まさか、約束が守られているか監視しに、なんて言わないですよね」


 エドワードが問えば、店長は首を横に振った。


「友に会いに来るのに理由はいらないだろ。彼は命芽吹く春を司る存在だからね。本格的に春を迎えればまた会うことになると思う」


 そこでふとエドワードはルーの言葉を思い出した。妖精王は命を司る存在――とルーは言っていたではないか。エドワードのなかで、店長の言葉とルーの言葉が重なる。


「では、やはり彼が――」


「そう、彼が新しい妖精王。生命の誕生の時を守る春の精なのさ」


 思わず身体の力が抜け、エドワードは床にへたり込んだ。


 予想していなかったわけではない。それでも、今になってようやく自分が妖精王と対峙していたことを実感して気が抜けたのだ。


 エドワードが約束を守っていく限り、彼は友でいてくれるのだろう。これで店の危機は去ったのだ。


 自分はこの店を守る力になれた。そう思った瞬間、エドワードは思わず表情が緩むのを感じた。


 そんなエドワードの様子を見て取って、店長が笑い声を上げる。それに釣られて、エドワードも笑い出せば、妖精の友二人の笑い声が、店の中に木霊した。

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