配達業者【2】

第一、この国では赤毛は忌み嫌われる時代が長かったのだ。貴族の家に赤毛の少女が出入りすることは少ないだろう。


 それに、思えばエドワードには、同年代の知り合いは少なかった。この国の上流階級は、エドワードくらいの年齢になると寄宿学校パブリックスクールに入るか、それが叶わなければ、家庭教師を雇うのが一般的だ。エドワードは後者。病気に伏せった母の元を離れるのが忍びなくて、結局、寄宿学校に入学することを断念したのである。もちろん、エドワードの両親はそんな彼の状態を心配した。頻りにガーデンパーティーに連れ出したり、話し相手に家令の息子を連れてきたりもした。だが、ガーデンパーティーの客はエドワードより遥かに年上ばかりだったし、家令の息子はエドワードと年齢は近かったが、やはりどこか遠慮があった。


 そういった理由で、エドワードには同年代の知り合い《ともだち》は少ないのである。相手が女の子であれば、尚のことだった。しかし、そんなエドワードにも一人だけだが、女の子の知り合いはいた。その子の名はフェリシアと言って、エドワードにとってはいわゆる許婚に当る人物だ。だが、彼女は赤毛ではないし、エドワードと同じ貴族階級の彼女が蜂蜜の配達をするなんて考えられない。何より、エドワードはつい先ほど彼女に会ってきたばかりなのだ。温室で育てていた花が綺麗に咲いたから、ぜひ見に来て欲しいという誘いをエドワードは断りきれなかったのである。


「その顔を見ると覚えがないみたいだね」


 店長がエドワードの表情を正確に読みとって、言った。エドワードは、はっとして店長に意識を向ける。


「すみません。僕の知っている子ではないみたいです」


 エドワードが言うと、店長が「エドワードが謝ることじゃないよ」と首を振った。


「そうだぞ、エドワード、気にすることはない。向こうの勘違いだろ。エドワードなんて名前、他にもたくさんいるからな」


 とニーヤもその意見に賛同する。


「うーん、でも、そうすると、彼女には悪いことをしたかな」


「悪いこと?」


「そう、エドワードがいる時間帯にもう一度来てくれるように言ったんだけど。勘違いなら、彼女の時間を不意に奪ったことになるだろ?」


 店長は困ったように肩を竦めた。ニーヤはエドワードの時とは違い何食わぬ顔でスコーンを頬張っている。


 代わりにエドワードが、「でも、悪気があった訳じゃないのでしょう?」と気遣いを見せると、


「そうだね。まあ、仕方がないか。丁度蜂蜜のお礼も言いたかったしね。よい方に考えよう」


 店長は、蜂蜜をたっぷり溶かしたミルクティーに口を付け、幸せそうに目を細めた。








 それから、蜂蜜とスコーンでお腹を満たしたニーヤが帰り、アリーの訪れを待つばかりの頃――。赤毛の少女の来訪はそんな時間帯のことだった。


 アリーに渡すはずの品を地下へ取りに行っていたエドワードは、階段の途中、カウンターに立つ店長の肩越しに見えた鮮やかな赤毛に動きを止めた。店先に灯された光を浴びて、その赤はまるで炎のように揺らめいていた。


 赤毛は忌み嫌われているはずなのに、美しい、とエドワードは素直にそう思った。エドワードが声もなく見惚れていると、


「エドワード、階段の途中で立ち止まって何をしているんだい?」


 気配に気付いた店長が、こちらを振り返る。つられて少女がこちらに目を向けた。


 エドワードのヘーゼル色の瞳と、少女のグリーンの瞳が交差して、エドワードは思わず手に持っていた品物を取り落としてしまった。羊皮紙が階段で擦れ、独特の乾いた音を立てた。だが、エドワードはそんなこと、気にも止められないくらい驚いていた。


 カウンター越しに自分を見下ろしている少女の顔はエドワードが知る人物によく似ていたからだ。


 そして、


「お会いしとうございました、エドワード様」


 少女から発せられた声もまた、その人物を連想させるに十分なものだった。


「フェリシア……」


 エドワードが口にした名に、彼女は〝フェリシア〟に似た、しかし彼女とはどこか違う、色めかしい頬笑みを浮かべたのである。

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