第19話 日本の農家の未来

 こうして朱莉のいい加減で口先三寸な言葉の数々を巧みに用いることで、集結したデモ団体は即時解散することになった。そしてあくる日、先日より予定していたとおりにデモを指揮していた農業団体との懇談会ならぬTPPについての話し合いが首相官邸会議室で行われることになった。


 そこでも、もちろん朱莉はお得意の弁論と内から溢れ出る熱意を伝え、農業団体もTPP参加に対する懸念や不安を払拭することになり、そのきっかけを作ったのは昨日デモの代表で取り仕切っていた米農家のシゲさんだった。


 彼は昨日の朱莉の熱弁に当てられてしまったのか、積極的且つ熱意を持って自分達が作ってるお米が輸入米なんかには負けないことをアピールしたことでTPP反対派の意見を黙らせしまい、話し合いは成功のうちに終わることになった。

 何気にシゲさんの左胸のネームプレートに『朱莉ちゃんファンクラブ会員No○○』と書かれていたのは気のせいだと思いたい。


 ようやく数時間に及ぶ話し合いが終わり、俺と朱莉は自分達が政務の仕事をする部屋へと戻って来れた。

 さすがに長時間に渡っての会議と、それに大勢の人とマスコミ関係者を前にして緊張のしっ放しで俺はトイレに3回も行ってしまった。まぁ用意されたペットボトルのお茶を飲みすぎたのが原因かもしれないのだが。


 その間、朱莉は真剣に話しに耳を傾けながら自分の考えやアイディア、そしてこれからの日本の農業を支える問題点について多く語っていた。

 日本の農業全般が抱えている問題は自然災害による収入減少に対する国からの補助金制度及び後継者不足から派生する休耕地問題である。


 日本の食を支える農業は何を持ってしても大事である。けれどもあまりに大切にしすぎていたためか数十年に渡って補助金依存が酷くなり、それを承知した上で農業団体がお米の米価を引き下げ農家に入る収入を減らしていたのだ。

 普通1キログラムあたり300円ほどの原価、いわゆる畑を耕してから収穫できるまでの製造費がかかるわけだが、農業団体は国からの補助金を入ることを前提に同じく1キログラム当たりにして200円と、その採算すらも取れないほどで日本中の農家から米を一手に引き受けていたのだ。


 もちろんその差額は農業団体の利益となり、米農家達は苦しみ喘いでいた。

 それでも農業団体へ依存していたのは大量に生産しても必ず買い入れてくれることの他に農業機械は元より農薬や肥料、それに事業資金の借入などをしている関係性のため、これまでは断るに断れずにいたわけだった。


 丹精込めて作ったお米が安く買い叩かれようが、結局補助金を宛てがわられるので懐に入る金額は等しくなる。けれどもそれら補助金もすべては自分達が働いて支払っている税金が大本なので、結局しわ寄せは国民負担という形になっていた。


 そして朱莉は数え切れないほどの人数を前にしてこう断言する。


「これまでのように補助金依存のままでは日本の農業、特に米については将来性の見通しが立たない。皆さんもご自分の息子さんやお孫さんに農家を引き継いで貰いたいはずです。でもそれを口には出せない。それは何故なのか? 収入が低く、安定もしないため後継者になってくれと言いたくても言えないはずです。どうですか、違いますか? ワタシは補助金依存から脱却するための方策として、まず新たな販売ルートの開拓やコストを下げるため農業機械などの共同購入、そして国主導の下で海外に大きく輸出する。この3つを柱にしたいと考えています。まず始めに小規模で農業を営む方々には組合という形を作ってもらい、そこへ共同に出資して農機具を購入して利用するシェアリングを推進したいと思います。それに対して政府は無利子で貸付、支援していくことをお約束します。この財源についてはこれまでの補助金を減らした中で賄うことができ……」


 朱莉の言葉にその場に居る誰もが聞き入ってしまっている。

 だがそれも無理はないことである。


 朱莉が今しがた口にしたのは、すべて農家をする人から“事前に”聞き入れていた意見を自分なりにまとめたものなのだから的を得ているのは当たり前のことである。


 農家はその収入の低さと不安定さから、自分の息子または孫に家業を継いで欲しいとは口が裂けても言えないのが現状である。

 けれども本音は自分が生涯をかけて作ってきた田畑を引き継いで欲しいとの、真の願い心の奥底にあることを朱莉は知っていたのだ。


 それには既存の販売ルートだけに留まらず、新たな市場開拓が必需であった。

 それは毎日大量に消費するコンビニやスーパー、それにファミリーレストランなどは元より、地域にある企業の社食それと学校や市役所などの政府直轄の機関である。またそれと並行する形で海外へ日本のお米をアピールして販路拡大を狙い、国内の若者の間で広がる米食離れを食い止める話をしていた。

 

 そこで朱莉が一番力を入れていたのは、小麦アレルギーについてだった。

 アレルギーには先天性と後天性があるのだが、誰しもその因子を持っておりいつ発症するかは誰にも分からない。そのため、これからの時代はアレルギーを持つ人々でも楽しい食事をしていけるのが肝心だと朱莉は考えていた。


 そこで目を付けたのが小麦の代換商品となる米であり、米粉である。

 米を主成分とする稲作業日本はもとより、ベトナム・インドネシア・タイ・中国などその主な生産地は東南アジアである。その中でも特出すべきは日本であり安全安心、そして何よりも一番の要である美味しさでは諸外国の中でも群を抜いている。


 日本国内においてこれから先の未来では少子高齢化に伴い、国内の米の需要が減ることによって今よりも更に米価も下落すると言われている。

 それに対して朱莉は自分なりの考えを口にする。


「……それから国内の需要が年々目減りすることに対しては、大規模な飼料米への転用を促すようにするつもりです。もちろん食用米とは違い飼料米はその価格自体も低いですが、全量買いを条件にすることで一年を通した収入が見込まれますし、またこれまで諸外国から仕入れていた小麦やコーンなどの輸入品を飼料米へと置き換えることで国内の需要を維持もしくは向上させることが期待できるはずです。それに今ある休耕地を安く借り上げることにより、より大規模化を図れるはずです。つきましてはお手元にお配りいたしました資料をご参考にしていただければ幸いです。これには……」


 その資料に書かれていたのはこれまでの朱莉が言ったいたことに対する裏づけとなる具体的な米価の推移や需要量と供給量、それに人口減少による推移や飼料米の需要とその価格などが所狭しとすべて書かれて、お年寄りでも見やすいようにグラフや色分けが丁寧にされていたのだ。

 それに農家がそれらを実行して得られる利益的な文言や数値はもとより、将来被る可能性があるデメリットまでがしっかりと記されてもいた。


 朱莉はこう言った。敢えてメリットもデメリットも包み隠すことなく記載することにより、この文章は信頼を得ることができるのだ――と。

 俺もみやびさんもその自信ある声と資料を見せられて納得せざろう得なかった。そして今目の前に集まっている人々の表情を見れば、自分と同じ気持ちを感じ取っていることが目に見えて理解することが出来る。

 

 またこの資料は数日前、農林水産大臣とその秘書官を呼び寄せ事前打ち合わせをしていたおかげでもあったのだ。


 政府や官僚だって、ただ手を拱いていたわけではない。自分達が住む日本を、そしてこれから先日本の将来を担っていくであろう子供達に少しでも良い未来を残そうとしている。その気持ちは首相になった朱莉と同じであり、もしかするとより強く願っているかもしれない。


 これまではそれを指揮する人物が欠けており実行するまでには至らなかったのだが、これを機会に省内は元より地方にいる議員や一般職員からも意見を募るようにすると朱莉は公に約束した。

 もちろんそこにはカラクリもあって、国のためになる良いアイディアを提供したものには特別ボーナスまたは昇進させることも視野に考えていると知らしめたのだった。


 人間何かしらのメリットがなければ、例えそれが仕事であろうとも積極的且つ建設的意見を出さないものである。その心理を逆手に取ることにより、良きアイディアを募る。それが朱莉が考えた官民一体の本質であるのだと解いていた。

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