第16話 身近なもので例え話

「な、なぁ朱莉……そんなに頭を悩ませるほど難しく考えなくてもいいんじゃないのか? どうせ農業には補助金が出るんだろ? それもこれまで以上の……なら、仕方ない面もあるんじゃないのか?」


 俺は頭を悩ませている朱莉にそう軽い言葉を投げかけた。

 けれども朱莉はどこか遠くを見つめるようにしながら何かを考えている風である。そして何か良いアイディアを思いついたのか、吹っ切れたように目の前に座っているみやびさんに明るく話しかけた。


「うん! 仮にTPPによって安い輸入米や農作物が入ってきても何の問題もありません。いえ、ちょっとこれは言葉が正しくありませんね。ワタシの見解では問題はあまり起きないと思います。ですので新たに補助金を出すことはしませんっ!」

「えっ? えっ? それはどういう……」


 その言葉があまりにも意外だったのか、それとも反対されると思っていたのに逆に肯定されてしまい、あまつさえ新たな補助金は出さないと名言した朱利の言葉にみやびさんは戸惑いを隠せないまま俺の顔を見てきた。

 それは戸惑いにも不安ともとれるそんな表情である。俺だって朱莉が今何言ってるか理解できずにいた。


「い、いやな朱莉。それだと問題というか、新たに補助金を出さないと更に農家の人が反対しちまうんじゃねぇのかよ?」

「ううん。その心配もぜーんぜん、ないと思うよ♪」

「心配ないって……そんな明るく言われても……」


 俺とみやびさんの心配を他所に朱莉は何故だか明るく振る舞っていたため、更に俺達は訳が分からなくなっていた。


「そりゃ~もちろん“最初”は反対されちゃうだろうね。安い輸入品が大量に入ってきて自分の商品が売れないかもしれないんだもの。農家としちゃ不安で不安で仕方ないと思う。でもさ、二人ともこう考えてみてよ……今も少ないながらに日本国内に輸入品は流通しているわけだよね? 他の輸入品は別にして、食料品に関して“だけ”はそのほとんどが国産しか売れていない。輸入品も少しは売れているだろうけれども国産を脅かすほどじゃない。それは何故だと思う?」


 朱莉はまるでみやびさんが説明してくれる感じを見習うかのように、そう俺達に問いかけてきた。


「食料品が国内であまり売れない理由か。そんなこと考えたこともなかったな。日本の食料自給率だかが低いってのは知ってるけどさ」


 実際日本の食料自給率は39%と戦後最低に低下していた。

 けれどもそれはあくまでも総供給量から総生産量を割り出し導き出した数値であり、その中には日持ちする缶詰やレトルト食品なども当然含まれ実情では約60%ほどと言われている。


 これはカロリー計算は元より、本来ならばその統計を導き出す年に消費した分で計算しなければいけないのだが缶詰やレトルトなど家庭に備蓄してある分を調査するのは実質的に言っても不可能である。

 だから国は単純に計算しやすいようにと、全体の供給量から加工分も含めた消費量で割ることで食料自給率と定めている。またカロリーベースが主計算のため、野菜やキノコ類などはこの数値にまったく貢献していないとも言える。


 俺もみやびさんも頭を悩ませても、朱莉が言いたいという『答え』に辿りつくことができずにいた。


「じゃあこう考えたらどう? ここにお米を炊いたご飯があるとして一方は日本の、もう一方のは輸入米。もしどっちも同じ価格だとしたら、お兄ちゃんならどちらを食べたいと思う?」

「俺か? 絶対というか、同じ値段だってんならもちろん日本のだろうな。なんせいつも食べてるし、美味しいから」

「うんうん、そうだろうね。やっぱり美味しいよねぇ~」


 俺は間入れずそう受け答えると、朱莉も満足そうに頷いた。

 実際日本のお米は美味しいし、海外のは一度だけ食べたことがあるがなんというかパサパサしていたりして味がしないという感想しかなかった。


「じゃあ、次の質問。もしも輸入米のほうが国産よりも半分の……いや、1/3ほどの値段だったらどう? あっ、もちろん味は日本のほうが上とした場合で国産のはこれまでと同じ値段としてね」

「美味しさは日本で、値段は輸入米……そうだな、俺なら今までと変わらない値段だってんならやっぱり日本のかな。輸入米は安いかもしれないけれども、美味しさというかオカズに合わないし、それに言いにくいけど……ほら日本のだと“安心感”が違うだろ?」

「あっ……それですかっ!」

「えっ? みやびさん?」


 俺は朱莉の次なる問いに何の考えなしにそう答えると、みやびさんは何かに気づいたように頷き、そして手打ちをしていた。


「それですよ、祐樹さん! 朱莉さんが言いたかったことは! 今、祐樹さんが言ったこと……まさにそれなんですよっ!!」

「お、俺が言ったことが答えなのか?」


 みやびさんは確信するようにそう大きな声を出した。

 俺は思わず隣に座っている朱利の顔を見てしまう。


「そうまさにそれだよっ! TPPによって安い輸入米が入って来ようが、日本人なら絶対に日本で作られた美味しいお米を選ぶはず。それに何より安心感を得られるためなら、安い輸入米なんかには絶対走らない。それは他の野菜だって同じこと……これがワタシが出した結論なんだよ♪」


 朱莉は声高らかに胸を張りながらも自信満々といった感じに左手を腰に当て右手は天を貫かんばかりの勢いのまま人差し指を一本伸ばしていた。

 それは何をするにも自分の国である日本が一番であるとの自信を持っているとアピールしたかったのかもしれない。


「確かに数十年前にあった米不足の際、政府はタイ産などの輸入米を流通させたのですが失敗に終わりました。それは日本人の食べ物に対する品質の高さ欲求を考慮しなかったためだとも言われています」


 みやびさんは嬉しそうに頷きながら、昔実際にあった出来事について説明をしてくれた。


 1990年の後半、長雨と日照不足から米の収穫高が激減して日本中は慢性的な米不足になったらしい。

 そこで政府は貿易がある諸外国から安い輸入米を仕入れたのだが日本人の味覚に合わず、更なる不平不満へと繋がったのだという。


 そのときの味や教訓が根付いているのが今の40代以降の世代であり、若者達が洋食であるパンやパスタなどの小麦食を好む一方で、その世代達は米を主食としているのだ。

 また子育てが終わりある程度健康に気遣う年齢になってくるので味や安全性を犠牲にした安い輸入米よりも、少々高くても国産米を買ってくれるとのこと。


 それに近年ではお米を作って作られる米粉パンが小麦アレルギーの若者を中心にして、グルテンフリーとして重宝されているらしい。

 アレルギーの問題は重大であり、その中でも多く存在するのが小麦に含まれるグルテンにアレルギー反応を示す人達である。


 彼らは小麦の類を口にすることが出来ないので、パンはもとよりパスタ・ラーメンなどの麺類、パン粉を使うフライ物などを食べることが出来ない。

 このため代用品として蕎麦や米粉を使って作られるパンを求める一定の需要が見込まれている。そして小麦とは違い、もっちりとしたお餅のような柔らかさと甘さを持ち合わせた米粉パンは歯の弱いおじいちゃんおばあちゃん世代にも好まれていた。


 それに近年では輸入米の品質は上がりつつあるのだが、味については日本産からは劣るほどである。いくら値段が倍もしくは3倍しようとも、日本に住む人なら国産を選ぶはずだ! との自信を朱莉自身は持っていたのだ。


 実際中国や他の国の富裕層達は、その品質の高さと安全性からメイドインジャパンの米や野菜などを好んで食べる傾向にあるとの調査報告がある。

 しかもそれは自国にある同じ食べ物よりも数段……いや、数倍高くとも購入したくなると言い、その需要は年々高まる傾向にあったのだ。


 だからこそ朱莉は日本の農業についていくらTPPで安い食料が輸入されようとも、駆逐されず絶対に生き残ると自身を持って説明したわけだった。

 俺もみやびさんもその説明に納得して、改めて朱莉というこの年端もいかない少女の智謀に驚嘆することになった。


 まぁそれも実際にはアニメやゲーム、そしてラノベから得た知識のおかげなのは今は言わずにおこうと思う。

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