第2話 斬新過ぎる首相の選びかた

「お前、また例の中二病が再発しちまったのか? 確か女子高生三年JK3進級クラスチェンジしたら、自然と完治したんじゃなかったのかよ?」

「ううん。ワタシは中二病なんかじゃないよ。それよりすこーしだけ、良好状態の中三病になっただけだもん♪」

「だもん、ってお前なぁ~。はぁ~っ」


 今日も今日とて妹様は平常運転みたいだ。

 昔からアニメやゲーム、それにラノベばかりのいわゆるオタクコンテンツ作品に触れながら成長してきたせいなのか、朱莉は時々……いや、日常的にそういった事ばかりを口走るようになっていたのだ。


 尤もそれも100%兄である俺の影響なのだろうが、そこは敢えて捨て置くことにしよう。


「それで何で悲鳴なんて上げていたんだよ? まさか本当に首相になったとか言うつもりじゃないだろうな?」

「そのまさか・・・だよ、お兄ちゃん♪」

「はぁ~っ。そんなことがあるわけ……」

「あのぉ~、お取り込みのところ失礼ですが、少々よろしいでしょうか?」

「……はっ? あ、アンタ誰だよ! なに、いきなり人の家に入り込んでいやがるんだ!?」


 半開きの玄関ドアの隙間から綺麗なお姉さんが顔を覗かせながら、俺と朱莉との会話に割って入ってきた。見れば外には黒服のいかにも厳つい男達が勢揃いし、表には黒塗りのこれまたセダン車が何台も乗り付けている。

 そして俺はいきなりの来訪者の存在にただただ戸惑うばかりで、そんな素の反応をすることしかできなかった。


「お兄ちゃん、この人はね……」

「申し遅れました。わたくし、この度日本国の首相に選ばれた朱莉さんの第一秘書兼シークレットサービスのみやびと申します。貴方が朱莉さんのお兄様であらせられる月野祐樹さんですね?」

「は、はぁ……」


 朱莉が何かを言おうとしたのを遮るように、みやびと名乗ったお姉さんは自分が朱莉の第一秘書兼シークレットサービスであると、胸ポケットからケースを取り出して名刺サイズの小さなカードを差し出してきた。

 俺は差し出されるがままそれを受け取ると、そこに書かれていた文字を読み上げてみることにした。


「あの、何かこれの頭に『朱莉ちゃん親衛隊ファンクラブ会員カード』って書いてありますけど……なんですか?」

「あっすみません、間違えました。こちらが私の名刺となります」


 みやびさんはそう言って俺が持っていたファンクラブNo.001の証明カード(たぶん彼女のお手製)を引っ手繰ると、再度名刺ケースから名刺を差し出してきた。


「火の元日本首相候補、月野朱莉の第一秘書兼シークレットサービス。伏見ふしみみやび……さん?」

「はい。みやびとお呼びくださいませ」


 今時名刺なんて代物は家にプリンターかコンビニあたりで簡単に印刷できる時代だから、一瞬テレビ局かマイチューブあたりの動画配信サイトのドッキリ番組かとも思っていた。

 だがしかし、そんな俺の思いを裏切る形でみやびと名乗るお姉さんとともに外で家を囲うように立ち勢ぞろいしている黒服姿のおっさん達の顔付きは真剣そのものであった。


 まかり間違ったとしてもドッキリの類の演出にしては、あまりにも規模スケールがデカすぎている。


「どうやら本当らしいよ、お兄ちゃん」


 俺の不信そうな顔を心配してか、隣に居る朱莉がそう声かけてくれた。


「あのぉ~……これは一体どういうことなんですか? それにいきなり朱莉がこの国の首相とかってのは……」

「確かにいきなりのことで、お兄様もさぞ驚きのことと思います。実はですね……」


 みやびさんは落ち着き払ったまま、俺と朱莉に事の経緯を説明してくれた。


 どうやらこの国の政治及び経済状況は数十年後の未来には破綻を迎え、このままでは国そのものが立ち行かなくなるとの調査報告が秘密裏になされたらしい。

 政治家達は何をするにも日和見主義であり、またアチラに良い顔、コチラにも良い顔……っと選挙で自分に投票してもらうため、国民には良い顔ばかりをしていたせいで、結果として国の政治経済が崩壊の一途を辿ることになってしまったらしい。


 そこで政治家達が考えはじめたことは、少しでも国に対する不平不満への口減らしというか、国民の不満を解消するために国を指導する立場である『首相』をこれまでと同じく議員の中から投票により選ぶのではなく、国民の中から無作為且つ公平に選び出させる制度を作ったとのこと。

 尤もそれも投票で決めるのでは通常における選挙と何ら変わりがないからと、国民調査に記載されし国民、そして公平且つ無作為に選ぶことができる手段『あみだくじ』を使うことにより、首相を任命することになった。


 そして厳粛なるあみだくじの結果、それで日本国の首相へと選ばれてしまったのがウチの妹様である朱莉なのだと、みやびさんは簡単に説明してくれた。


「た、確かに最近ニュースか何かで聞いた気もするけど……それって本当なんですか? 本当にウチの朱莉がこの国の首相に選ばれたんですか?」

「ええ、もちろんです。議員の方はもとより、国民の総意によって朱莉さんが選ばれました。だからこそ、今こうして私が迎えに来た……そういった経緯になりますね。ご納得いただけましたでしょうか?」

「お兄ちゃん……」


 その話を聞いていた朱莉は不安そうな顔をしながら、俺の服の裾を引っ張っている。


(こんな荒唐無稽な話をいきなりされて、一体誰が信じるって言うんだよ? それなら『テレビのドッキリだったぁ~……』って方が、まだ幾分現実味があるよなぁ。もしくはラノベの主人公みたいに異世界へ転生とか転移するとかさ)


 けれどもこれは現実世界であり、俺も朱莉もゲームやアニメの主人公とヒロインでもなければ、村人Aや捕らわれのお姫様という立場でもなく、ただの一般人なのである。

 しかも俺はネオニートで、朱莉に至っては現役女子高生というまだ学生の立場なのだ。


 それがまさかまさか、公平さを保つため無作為に選び出したとはいえ、あみだくじによって選ばれてしまい、一国の首相になろうとは誰が予想することができただろうか?


「そ、それで朱莉が首相ってことは内閣総理大臣になる……ってことなんですね?」

「いえ。それは少し違います。そもそも内閣とは議員内閣を指す言葉でして、その中から選ばれるのが先程仰った内閣総理大臣となり、この度朱莉さんが選ばれたのは議員からではなく、国民の中から……ということになりますので役職上、正式には『日本国の首相』という立場になるのです」


 俺は今まで『首相』と『内閣総理大臣』との役職名が一緒のものだと考えていたのだが、どうやらみやびさんの説明では明確に違うらしい。

 だがそこで一つの疑念が生じた。とりあえずそれをみやびさんに聞いてみることにする。


「じゃあ、今の内閣総理大臣は……」

「はい。そちらは明日の朱莉さん首相就任により、今日付けで辞任する形となりますね」


 どうやら今の内閣総理大臣は朱莉によって辞任へと追い込まれる形になるらしい。

 女子高生(JK)に追い込まれてしまった国の長……おいおい、この国は本当に大丈夫なのかよ……。


(そもそも、その国民の中から首相を選ぶための制度とやらは政治家達が作ったはずなのに、結局自らの首を絞める形になってはいないかい? これじゃあ完全に本末転倒じゃねぇのか……)


 俺は改めて、今までこの国を指導してきた政治家に対して『不安』の二文字を覚えずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る