【第五種「依存症」―僕のカウンセラー―】

僕と彼女の過去


 高校二年生の秋ともなると、

 真剣に自分の進路について考えなくてはならない。

 参考までに、紫苑や浩輔に訊いてみた。



「俺は建築士系の大学かな」


「なんか、紫苑っぽいね。浩輔は?」



「俺は、教師になりたいから、大学の教育学部に行って、

 教員免許を取ろうと思ってる」



 思っていたより、

 二人ともしっかりした考えを持っていて、

 僕だけが未定だった。



 僕は何をしたいんだろう。


 言い訳なんてしていてはダメだと思うけれど、

 あの日以来、

 何かに執着するということが分からなくなった。

 恐れ続けていたあの件に、

 足を踏み入れなくてはならなくなってきた。

 このままでは僕はずっと、

 後ろを向いてしか歩けなくなる。

 ただ僕は忘れることが怖くて、

 真相を確かめることから逃げ続けていたから。

 目の前にあるそれから目を逸らしては、

 知らないフリを決め込んでいたけど、もう限界だよ。


 彼女からすれば、

 唐突に爆弾を投下された気分だっただろう。


 僕は「心の種」の世話をしながら、

 突然成長したそれを理由に

「心の種」の由縁について聞き出そうと目論んだ。


 ずっと触れられずにいた「種」の秘密を、

 今の縁さんと僕の仲なら、教えてくれる気がしたんだ。


 今までは彼女を傷つけてしまうと思って、

 訊けなかった。

 相手の過去に触れるのは、

 未知に介入するということでもあり、

 ただでは済まされないし、

 覚悟もなく容易に踏み入れていいものではない。

 どんな事実だとしても受け止める覚悟が必要だ。

 どんなに辛く、受け入れ難いものでも。


 彼女の言葉が僕の心に響いたのは現実味を帯びて、

 感情を持ち合わせていたからだと思う。

 それはまるで経験談のように自然で、

 説得力があったから。



「『心の種』ってどうやって、

 誰に作られたものなんですか?」


 

 僕の不純な問いに対して彼女はこんな表情を見せた。



「そう、だな。君には話しておくべきだったのにな。

 君に訊かれるまで話せないなんて、本当に情けない」



 どこか自嘲気味に嘆き、彼女の目は不安そうに揺れていた。



「どうしたんですか?」


「気にするな、ただの独り言だよ。

 その話をする前に一つ頼みがある」



 突然、改まって物を言う縁さんの雰囲気に

 呑まれそうになりながら、問い返した。



「何ですか?」


「この話を聴いた後でもどうか、

 いきなりいなくならないでほしい。

 嫌になったなら素直にそう言ってほしいんだ、

 だから急に消えたりしないでくれ……」



 いつになく弱々しさを帯びて、

 ガラス越しの雨音にさえ

 かき消されてしまいそうに微かな声音だった。


 彼女の苦しみを理解することはできなくても、

 その理由なら知っているはずだ。


 それは僕と同じものだろう。

 詳細さえ、違っていても大切な人を失うことは辛い。

 だからこれ以上失いたくはないのだと

 彼女はそう言っているんだろう。


 僕の思惑なんて露知らずに。

 


 僕は甘美な言葉で彼女の心を引き込み、

 語らせようとする。



「はい。

 僕はいきなりいなくなったりしません。

 縁さんと一緒にいるのが好きですから。

 それに、お別れも告げずにいなくなったりするほど、

 失礼な人間ではないつもりです。

 だから大丈夫ですよ」



 取り繕った言葉のはずなのに、

「好き」という言葉を口にしたら、胸がチクリと痛んだ。


 彼女は僕の言葉で油断したように息を吐いているのに、

 僕の心はまるで浮かばなかった。



「そうか……ありがとう。

 今からする話は誰も救われなかった事実だ。

 重くて、悲しい。だから、覚悟して聴いてくれ」



 腹を決めたのか、少しだけ声音が強くなった。

 けれど同時に重苦しさも増した。



「はい」



 本当に、「誰も救われなかった」話だ。

 僕はその悲壮さを知っている。


 大丈夫ですよ、縁さん。

 僕がこれ以上あなたを嫌うようなことはないですよ。


 だって、あなたの名前を聞いたときから、

 僕はあなたがでしたから。



 僕の言葉を合図に彼女は一息吐くと、

 彼女自身であり、

「とうにい」もとい「浪川透夜」との過去を語り始めた。




 ――私が物心つく頃には既に、母親は病気で他界していた。

 父と二人暮らしだったが、

 私の学費を稼ぐために父は必死に仕事をしていたため、

 私はよく祖父母の家に預けられていた。


 そこに彼がいた。

 今は亡き、「浪川透夜」だ。

 小学校に入学するくらいからの付き合いで

 よく遊んでいたよ、幼なじみと言える仲だった。


 彼はとても心優しくて、

 穏やかで温厚な性格をしていた。

 私ともすぐに打ち解けて笑顔で接してくれた。


 だが、打たれ弱いところもあって、

 私が彼を励ますこともあったんだ。

 彼が私の言葉で元気になるのがとても嬉しかった。

 彼の傍にいるのがいつしか当たり前になっていたよ。



 それから中学生になる頃、

 身長が伸びて、顔立ちも引き締まってきたせいか、

 彼がモテ始めた。

 中身を知っている私としては、些か不思議だったがな。

 でも、放っておけない存在だった。

 そうやって過ごしてきたせいか、

 彼は他の女子とはあまり親しくなろうとせず、

 いつも私や男友達といた。



 そして中学生の途中で、父も他界した。

 私にお金を沢山残すために過労死してしまったんだ。


 私は父親を亡くし、

 今度こそ祖父母の家に引き取られた。

 そのときも彼は私の傍に居てくれて、

 ずっと励ましてくれたよ。


 でもその頃の彼は心が弱くて、

 ストレスのせいで体調を崩していたりもした。

 彼を助けたいと思い、

 私はカウンセラーを目指すようになった。

 だが、彼は自分のことよりも私のことを優先して、

 私の世話ばかり焼いていた。

 これ以上無理はさせられないと、奮起して言ったんだ。



『私は透夜がいなくても平気だから、

 世話を焼いてくれなくても大丈夫だよ』


『そんなつもりないよ、

 僕が一緒にいたいからいるだけだから気にしないで』


『でも』


『大丈夫だから』



 私は世話焼きでお人好しな透夜に、

 これ以上無理してほしくなかっただけなんだ。



『これからは私の世話を焼かないで!』


『……分かった』



 そう答えて以来、彼は変わった。

 随分と社交的になって、

 それから少しずつ彼といる時間が減少した。


 私の言葉のせいだったけれど、

 そうしたかったわけではなかったから、

 それを寂しく思っていた。



 そして、彼も高校二年のときに

 みまかってしまった。

 しかも、彼は私のせいで他界したんだ。



 彼がみまかる一週間ほど前に、彼は私に告白してきた。


 私は彼を兄のように慕い、誰よりも信頼していて、

 最も近しい存在だったから、

 そんな風には考えられなくて断ってしまったんだ。

 そのとき、



『気持ちだけでも受け取ってほしい』



 と言われて手渡されたものが、

 手紙と同封された三つの「種」だった。


 手紙の内容は「種」の育て方と

 裏側に記されたたった一言の愛。



『愛してる』



 好きでも、大好きでもなく、「愛してる」。

 その一言にどれだけの想いが

 込められているか分かったからこそ、

 私は「種」を育て始めたよ。


 私は彼がこの世にもういないことが受け入れられなくて、

 通夜にも葬式にも行けなかった。


 彼がみまかったとき、

 私は信じられなかったのと同時に、怖かった。

 私のせいだと思ったからだ。


 だって、そうだろ?

 彼は突然、この世で息をしなくなったんだ。

 告白を断った一週間後に。


 自殺だと誰かが言っていたよ。



 罪の意識に苛まれて、私はカウンセラーになる夢を諦めた。

 彼の未来を絶った私には、夢を追う資格なんてない。

 だから、よく褒められていた「料理」を

 仕事にしようと思い、調理系の専門学校に進学した。


 それから一、二年ほど実務経験を積み、自分の店を建てた。

 資金は父が遺してくれた財産を元手に

 開業することができたよ。



 そして、この姿もそのときに考えたんだ。

 彼を傷つけた女の私は隠すべきだって、

 男装姿で店に立つようにした。

 口調もそれに合わせてこうなったんだ。



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