第1話俺の上司は氷の女王

 ……6時半か……さて、起きるとするか。


「今日も目覚ましいらずか……我ながら、しっかりした体内時計なこと」


 俺は仕事がある日は、目覚ましをかけなくても大体同じ時間に起きる。

 もちろん、一応アラームが設定してあるが、それで起きることはほぼない。


 部屋を出て、まずはポットのお湯を沸かす。

 その間に顔を洗い、量の多い黒髪の寝癖を直す。

 次に歯磨きをしながら、朝のネットニュースを見る。

 それを済ませると、お湯を注ぎコーヒーを入れる。

 それを作り置きのサンドウィッチと一緒に頂き、朝食とする。

 ここまでの時間は15分程度かな。


「うん、今日も無駄がなくていい。社会人にとって、時間は有限だからな」


 ネット小説を読みながら、朝食を時間をかけて食べる。

 この方が腹に溜まりやすいし、よく噛むことで脳も覚醒してくる。


「……さて、7時20分か。今日も仕事に行きますかね」


荷物を確認し、眼鏡をかけてスーツに着替える。

それが済んだら、住んでいるマンションを出る。


 原付に乗って、会社へ向かう。


 電車だと人混みが嫌だし、時間もかかり効率が悪い。

 電車だと合計で1時間くらいかかるが、原付なら30分もかからない。

 都内に住んでいるなら、原付はとても便利だ。

 車と違い、渋滞にも巻き込まれないし。


「到着っと……うん、8時ジャストだな。早すぎず遅すぎずといったところだな」


 8時半から就業開始時刻なので、これくらいが丁度いい。

 新人なら準備も手間取るし、30分前には入った方がいいと思う。

 だが、俺は大学卒業と同時に入社し、今年で5年目だから無理することはない。


「おはようございます」


 ビルの警備員さんに挨拶をし、エレベーターに乗る。

 四階のオフィスが、俺の仕事する場所だ。

 エレベーターを降りたら、タイムカードを切って部屋に入る。


 時間は……就業20分前……よし、これならば文句も言われまい。

 すぐに自分のデスクに座り、パソコンを起動させる。


「さて……今日の仕事内容はっと……」


「水戸君?ちょっと良いかしら?」


「松浦さん、おはようございます」


 きちんと立ち上がり、丁寧に挨拶をする。

 彼女の名前は松浦麗奈さん。

 この課のまとめ役で、係長である。

 とても厳しい人で、皆から怖がられている。

 ……だが、俺には割と優しい?と思う。


「ええ、おはよう。貴方は、毎日同じような時間に来て偉いわね。それはつまり、自己管理が出来ているということです」


「ありがとうございます。松浦さんこそ、朝早くからお疲れ様です」


「……ゴ、ゴホン!あ、ありがとう……」


 あれ?なんで照れてるんだ?俺の気のせいか?

 松浦さんは足早に去って行った……はて?


 俺は気にしつつも、パソコンが立ち上がったので、そちらに目を向ける。


「昨日のデータに不備はなしと……今日の入力は……」


 うちの会社は、様々な食品開発や販売をメインとしている。

 レトルトや、冷凍食品、保存食品など。

 俺の仕事は主にデータ入力だ。

 集められたデータを、パソコンに打ち込む作業を行う。

 時にはアンケートの内容などをまとめ、わかりやすくして上に提出する。


「ちょっと?貴方……今、何時だと思ってるの?」


「え?でも、まだ五分前ですよ?」


「貴方は五分前に入ってきて、五分後に仕事ができる状態になれるの?」


「え?いや、その……」


 ……どうやらオフィスの入り口で、新人の男性が松浦さんに怒られているようだな。


「そもそも教えたわよね?社会人としての常識を。仕事に慣れないうちは早めにくるようにと。もちろん、貴方が五分前にきて完璧に仕事を始められるなら文句は言わないわ」


「す、すみませんでした!」


「すみません?違うわ。誰が謝れと言ったの?私は、これからどうするのかを聞きたいのよ」


「は、早めにきて準備をします!」


「そう、なら良いわ。次は……ないわよ?」


「は、はぃぃ……!」


「うわー、怖っ……」


「可哀想……まだ、新卒の子なのに……」


「言い方ってものがあるわよー」


 俺の周りから松浦さんに聞こえない声量で、ボソボソと陰口が聞こえてきた。

 ……うーん、そんなに間違ったことは言ってないと思うんだけど。

 もちろん、言い方なんかは考える必要はあるかもしれないけど。


「ほら、みなさん。無駄口叩いてないで、今日もしっかり仕事をするわよ」


 まるで聞こえていたかのようなタイミングで、松浦さんはそう言った。


 ……氷の微笑を浮かべながら……。


「「「「はい!!!!」」」」


 ……氷の女王と呼ばれる所以はこれである。


 そう、俺の上司は社内で……氷の女王と呼ばれる人なのだ。

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