好きを確かめる手段がない

 冬休みに入ると、メッセージのやり取りすらめっきり無くなっていった。いよいよセンター試験まで大詰めだという事で、瀬尾君も切羽詰まっているのだろう。全くと言っていい程音沙汰がない。

 かく言う私も、指定校推薦の条件としてセンター試験を受けなくてはいけなかった。その為、課題と並行してセンターの勉強にも細々と取り組んだ。私は文系な上に私立受験だったので、一日目の三科目しか受験しない。気楽なものだったが、ふざけて臨むような気は更々なかった。

 そう言う訳で、通知の一切届かない冬休みだった。

 いや、一度だけ、明けましておめでとうとだけ送りあった。でも、それだけだった。



 冬休み明けてからの一週間の登校日は、風邪を拗らせに拗らせてしまった。一日も登校出来ず、センター試験の自己採点で集まるまで一か月弱、瀬尾君はおろか、他の友達たちとも全く会わなかった。

 その自己採点の時も、私のような推薦組と二次試験まで続くクラスメイトとの間には見えないが、厳然たる線引きが施されているようだった。

 クラス内でも取り分け仲の良い友達もみんな国立か一般入試だった。

 友達たちとは「おはよう」と交わして、私の体調の心配。それから少しの積もるような、積もらないようなたわいのない話を一、二分してそれぞれの席に戻って終わりだった。

 受験期とはそういうものだ。きっと、そういうものなのだろう。

 だが、瀬尾君のことは意識して避けた。挨拶すらしなかった。

 感じ悪いと思われたかもしれないが、面と向かって話すことを意識しただけで、すぐさま顔に出て紅潮して、とてもじゃないけど隠し通せる気がしなかったのだ。


 そして、その後は自宅学習期間に入る。めっきり、瀬尾君とは係わらなくなっていった。




 センター試験も終わり、大学からの課題も終わり、いよいよ暇を持て余すようになる一月の半ばの事である。

 もう五分くらい経っただろうか。私は自室ベッドの上で膝を丸めて座って、ぼうっと、スマホの画面を眺めていた。目の焦点は合ってなく、かなり瞼が重くなっていた。カーテンは閉め切られて外の景色は全く分からないでいるが、スマホが示す今は五時を過ぎた頃だ。


 画面に映るのは、ライブツアーのチケット落選のメール。何度も見た、いつも通りと言えばいつも通りの画面だった。落ちるのが当たり前の世界で昔は一喜一憂していたが、今は「あ、またか」と落ち込みはするものの崩れ落ちるほどの落胆はなかった。熱意も昔に比べればかなり落ち着いてはいるので、そのためかもしれない。


 ピロリ、と通知が来た。瀬尾君からだった。新年に一度やり取りして以来で、一気に眠気は吹き飛んだ。


「瀬尾君も外れたのかな」


 アプリの起動準備中、そんなことを考えていた。しかし、目に飛び込んできたのは真逆の内容だった。



 『当選していた』



 当選メールのスクリーンショットと共にそんなメッセージが送られてきた。天を仰いで手放しで喜んでいる瀬尾君の姿が浮かんでくる。

 『良かったじゃん。私は外れたよ』

 当てつけのような連絡を瀬尾君がするだろうか。そんな事をわざわざ行ってくるという事は、

 『平田の分もあるんですよ』


 大方、予想した通りだった。だが、私の分もある、その意味が分からなかった。

 『なんで?』反射的に送っていた。


 冬休みが始まる前、私がまだ瀬尾君への気持ちに気付く前、それぞれライブへ申し込んでいた。二人で話し合った結果、各自で一枚だけだ。その方が当選の確率自体は上がるのだ。

 だから私の分があるという事態が全く理解できなかった。


 『妹の分と二枚申し込んでいたんだよ、最初は。でも、ライブの日、三月二十日だろ? アイツ部活の合宿入っていたんだよ』


 『それで、一枚余ったと』


 『そういう事。まあ、平田も当たっていたら完全に無駄になっていたけど。行きます?』


 スマホをフリックする手が止まる。本来なら、願ってもない事だったが、『行きたい』と打つ手が全く動かない。

 瀬尾君はきっと、私の事は友人として誘ってくれているのだろう。純粋に。

 だが、それを受ける私はどうか。不純ではないのか。それを否定できない。


 でも行きたい。ライブ自体には行きたい。


 ライブの頃には瀬尾君も受験は終わっているし、この気持ちを隠す必要も無くなっているから、好きなだけ好意を伝えてもいいのではないか。

 そんな自分を想像できないのは何故だろう。


 一度、スマホから目を離して辺りを見回す。本棚から漫画が落ちていた。


「いつの間に」

 よいしょ、とベッドから起き上がり元の位置に戻す。同時に縮こまっていた身体をぐっと伸ばしてから、またベッドに戻った。思考が少しクリアになる。


 スマホを持って、メッセージを打ち込んだ。



 『ごめん、行けない』




 送ってからほんの少しの後悔と、良く分からないドロドロした感情が沸いてきて、瀬尾君の返事も待たないままスマホの電源を切った。











 それから、さらに何週間か経った。


 瀬尾君からの返信はあったかもしれないが、確認したくなかった。ついでに通知を切っていたせいで、連絡通じないと親には怒られた。だけど、あの日以来RINEは開いていない。


 会えない、話もしない。でも好きだ。二年間無自覚に積み上げた恋心は、たった数か月で消えるはずもない。消えるはずもないのに、それを表に出す方法がない。


 瀬尾君は今も毎日勉強しているのだろう。私立大学の受験はもう終わったのだろうか。国立はもうすぐのはずだ。現を抜かしている私が出来ることは何もない。


 自分が抱いている感情が正しく彼に向いているのかも分からない。


 それを相談する相手がいない。友達はみんなまだ入試も終わっていない。二月の末まで続いているのだという。


 恋心をひた隠しにして、何もしないでいると、漠然と不安になってくる。趣味を人に隠してきたのと同じような感覚だが、何かが違う。


 そんな形容もできない混沌とした心を誤魔化すようにバイトを始めた。受験で一度辞めていたし、いい機会だった。


 無理やり笑顔を作って多忙を極めていれば、少なくとも彼の事を考えずに済んだ。

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