×ベイビワーム

7−1「ニュースと電話」

『世界的なアーティスト、白銀モトキ氏が手がける【白銀モトキ彫刻展】が今月3日から来月4日までナナボシビル15階で開催されます。白銀モトキ氏の彫刻は大理石で作られた人や物をモチーフにした作風が有名で…』


「…もしもし、母さん?」


 外で買い物中、久しぶりに実家の母親から電話が来た。

 ビルに設置された大型テレビのニュースを耳にしつつ、私は電話に出る。


『仕送りありがとうね、元気にしてた?』


 母の声を聞くのは1ヶ月ぶりか。

 私はいくぶんか歯切れ悪く答える。


「ああ、うん…」


 ビル陰に隠れての母への受け答え。


『病気や新しい仕事はなんとかなってる?』

 

「まあまあかな…」


 それを聞くと母親は大きくため息をついた。


『それなら良かったわ。お医者さんの診断結果を聞いた後で母さんも納得したんだけど、あなたは昔から人の言うことが聞けない子だったからねえ。子供の頃から納得いかないと泣いて、扱いにくい子で、お母さんはどれほど困ったことか』


「あの、母さん…私、買い物中で外にいてね」


 周囲を見て、私はまたかけ直したいと言おうとするが母親は話し続ける。


『あなたは泣いて泣いて、母さんも辛くって、本当に手のかかる子で…でも学校に入って少しは手のかからない子になったかと思えば、社会に出て頻繁に仕事を変えることになって…おかしいと思っていた…!』


 だんだんと荒くなっていく語気。

 この後、決まって母は激昂し、子供の頃の私はその姿に怯えて泣いていた。

 それが母の怒りに油を注ぎ、距離を置かない限り彼女の怒りは消えなかった。


『私も定年になれば少しは生活が楽になるかと思ったけど、夢のまた夢で…』

 

 そう言われ、心に重いものがのしかかる。


『でも、仕方がないわよね。貴女がそう生まれてしまったのだから』


 体が重く感じる。


 …そう、原因は私だ。私が人より物分りが悪いから。

 普通の人ができることを私はできないから。


『だからお母さんもまだまだ苦労しなきゃいけないと思ってね。次も何かあった場合には、また一緒に暮らさなければいけないと思っていたし』


 年々、それはひどくなっていく。

 自分ができない人間であることが社会に出て露見していく。

 年を重ねることに自分がいかに欠陥品であることかを知ってしまう人生。


(そうだ、私は前の職場の頃から生きづらさを感じていた…)


 バクバクと鳴る心臓。

 スマートフォンを握る手が震えるも、私は必死に声を出す。

 

「あの…母さん」


『何?』


 怒りを押し殺した声。

 その声とともに唐突にブツンと音声が切れる。


『…電話中に悪いが、たった今【怪獣予報】が届いた。今日の夕方に現地に飛ぶから用意はできるか?』


 耳慣れた【師匠】の声。

 私は「はあ…」と安堵ともため息ともつかない声を漏らした。


「…あの、母と電話中だったんですけど」


 しかし【師匠】は『うーん、そりゃ無理かな?』とおどけて答える。


『何ぶん回線が混んでいる。必要な連絡なら、また後日に向こうが返してくれるだろう。それまでゆるゆると待っているといい』


「ああ、はい。すみません」


 私が頭をさげると『何、謝ることはないさ』と【師匠】は告げた。


『親子の距離感ってのは案外難しいものだからな』


 そして夕方、私は怪獣が出現するという街に向かったのだが…


「なにこれ?」


 思わず私は声を上げる。


 わずかな灯りはあれど人っ子ひとりいない街。

 車も電車も人の姿もない。


 …そこは、ゴーストタウンと呼んでも差し支えない場所であった。

 

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