3−4「無機質なる創世の使者」

 …暗い空に降りしきる雨と雷。

 マグマから大地へと変わりゆく海面の世界。

 

『地球が誕生してから36億年前。海の中に生命が生まれだし陸地が定まってきた頃、我々が【上】と呼ぶ存在が始めて地上に降り立った』


 地上から数百メートルの位置。

 その空間がふいに歪みだし何かが出てくる。

 

 …それは、人型の巨人。


『【上】はこの宇宙に存在する監視者の役割を担っていた。空間の隙間から抜け落ち、管理する星に落ちてくる惑星生物…つまり怪獣を元の場所や管理する地帯に戻すことが役割であり、地球はその一つにしか過ぎなかった』


 異様にねじくれた頭部、腕や足から大量の触手を生やしたそれは海面に半身をつけると火山の方へと腕を伸ばし、触手からマグマを吸い取っていく。


『…見ろ、あれが【上】の姿だ』

 

 私はマグマの噴き出す山から出現した存在を見て…絶句する。


 雷鳴の轟く中で浮かび上がる無機質なガラスのような円筒形のボディー。

 その中には燃料とも体液ともいえぬような赤黒い液体が満たされており光沢のある半円状の頭部の先には大砲の筒を思わせるような突起があったが…


「あの…【師匠】、私思うんですけど」


『ああ、俺も最初に見た時からお前さんと同じことを思っていた。【上】とは、価値観も判断基準もそも意思疎通すらできるかどうか案じたよ』


 それは巨大な醤油差しにしか見えなかった。

 雷鳴に照らされる巨大な醤油差しが山間から人型へと近づいていく。


「あの人型は怪獣ですか?」


『そうだ、マグマを吸い取る怪獣だ。【上】が最初に転送した記念すべき第1号に当たる…この記憶も初転送の記念資料みたいなものでな』


 比較しても文明的なのはどちらかといえば怪獣の方に傾きそうだ。

 挙句、醤油差しの方は道中で斜めになってドボドボと液体をこぼしている。


「あ、醤油こぼしてる」


『…違う、あれは生命が発達しやすいよう土壌に栄養をやっているんだ』


 そんな醤油差しに気づいたのか、人型の怪獣はマグマを吸い取るのをやめるとペチコンペチコンと醤油差しに触手を当てる。すると、醤油差しの頭部が青白く光り出し、瞬く間に人型怪獣にグリッド線が引かれ…そのまま消滅した。


「強い…醤油差しのくせに」


 【師匠】は私の独り言を聞き流すことにしたのか、何も言わない。


『…では、少し時代を進めてみよう』


 ついで、周囲の景色が早送りのように変化する。海がみるみる青く澄んでいき植物が生え出す。昆虫やヒレの生えた魚、トカゲから恐竜へと地上が賑やかになっていき、その間にも醤油差しは何度か地上に現れ、明らかに地球上の生命体とは違う、巨大なロボットめいた昆虫や大量の獣が集まった海鳥のような怪獣たちを次々と転送していく様子が映る。


『そして、生物が進化し、己と意思を通わせることのできる人類が生まれた時に【上】はその役割を人に押し付け…いや、託すことにした』


 地上に浮いた巨大な醤油差し。


 それをあんぐりと口を開けて見上げる人類の石器が光り、それに気づいた人類が石器をかざすと目の前の巨木型の怪獣にグリッド線が引かれ、消えていく。


『…こうして我々人類が怪獣を【上】の元へ転送する役割ができ、以後、多くの先代達の手によって文明と転送の礎が築かれていったのだ』

 

 そう語る【師匠】と共に私は部屋に戻されたが…正直、複雑な気持ちになる。


「えっと、ようは私たちはあの醤油差しによって守られてきたってこと?」


『…うむ、【上】の話では宇宙の膨張と共に担当地区が増えすぎて、苦肉の策で人類に頼ることになったらしい。俺も先代から話を聞いて死んでから改めて【上】から説明を受けたが大まかにそういうことを伝えられたよ。何でも【上】の上司や同僚に当たる種族はこの宇宙にいくらかいるそうだが、未だに個体数を増やす手段がなくて、基本的に人手不足で現地人の進化待ちらしい』


 …なんだか、世知辛い話である。

 その表情を察したのか【師匠】は続ける。


『まあ、こちらが聞かない限り向こうは何もしないスタンスだし、逆にこちらが頼んだことは向こうも出来る限り取り組んでくれる。もっとも【上】への交渉ができるのは俺のような【師匠】だけ…また、俺の意思自体も【弟子】への教育を終える1年ほどしか存在できない約束だがな』


「…え?」


 私は思わず【師匠】に問い返す。

 …気がつけば、机に置かれていた番茶がすっかり冷めきっていた。

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