第7話 小袖の手 6

「邪魔するよ」

 闇屋の部屋へ小太りで背は低いが品のよい老人が入ってきた。

 高級そうな着物を着て、腰には煙管が入っているだろう巾着に小さなざるがくっついて揺れている。

(小豆洗いのじーさん!)

 とたんにきゃっきゃと姿を現す妖達。

 机に向かって絵を描いていた闇屋が振り返った時にはすでに部屋中がわらわらと漂う妖でいっぱいになっていた。

 何段ものお重の中に古今東西の甘い和菓子を詰めこんで闇屋の工房へやってきたその老人は全国的に甘味処を展開して、大もうけ中の小豆洗いのじいさんだった。

 甘い物に目がないのはどの妖にも共通する。

 和菓子の入ったお重に群がる妖達はそれはもう嬉しそうにくちゃくちゃとたっぷりあんこのはいった大福などを喰らい始める。

「お前ら、俺が何も喰わせてないみたいにするな、みっともない」

 と闇屋が不機嫌そうに言った。

(あにさん、甘いもん嫌いやから買ってくれへんやん)

(こりゃあ、どえらい美味いあんこやな。さすが小豆洗い!)

「随分と儲けてるって聞いてるで」

 と闇屋が笑った。

「まあ、そこそこは」

「元手はただ、人件費もただか。うらやましい話やな」

 小豆洗いの甘味処は上等の小豆で作るあんこが売り。

 田舎の小さな商店で人間に化けて細々と売っていたおはぎや大福が口コミで売れ出し、今や駅前の一等地に自社ビルを建てて実業家に大変身。毎夜毎夜、小豆洗い一族郎党がザラザラと小豆を洗い出すとたちまち鍋一杯、風呂釜一杯の小豆がこぼれ出す。

 それを和菓子に仕立てて売り出せばたちまち大ヒット。全国規模でデパートの進物品や駅のお土産に小豆洗いの和菓子は有名だ。最近では若い小豆洗いが人間界のインターネットに精通し、お取り寄せ和菓子までしているから驚きだ。

 それでも小豆洗いは人間界で必死に生きる妖達の事を忘れはしなかった。

 自身の一族だけがいくら裕福に暮らせても、それ以外の貧困に喘いでいる弱い妖達の事を気にかけている。率先して食い物や金、仕事や住む場所の世話をしてやり、人間界では世話役のような位置にいた。

「冗談じゃない、わしらも上質の小豆を生成するのにはかなりの気を遣っておるのだよ。若い連中にはそれなりの報酬を与えねばならん。全国の店のテナント代から人件費から大変な金がかかるのだよ。そういう兄さんこそ、高い彫り代で背中の連中を使って儲けてるそうじゃないか」

「俺は自分の体力と神経を削って彫ってるんや。こいつらを使うだけでもどんだけ力を削ぎとられてると思うんや。ふざけんな」

 つーんと闇屋は横を向いたが、

「っていうか、何の用や、人件費の愚痴を言いに来たんかい」

 と言った。

「そうじゃないよ。兄さん、金霊に仕事を回してやっておくれだってね。ありがとうよ。金霊がずいぶんと張り切ってたさ」

 闇屋は肩をすくめて、

「ああ……金のない男が仕事依頼に来てな、ローンでって言うんや。厚かましい人間もおるやろ? サラ金にでも行って借りてこい言うたんやけど、それは怖い言うねん。復讐を頼みに来て、サラ金怖いって何やねんな。そんなら金霊で金借りて払えってなったんや」

 と言った。

「なるほど。金霊に借りた金の返済はお金でも人間の精でもどっちでもいいから、金のない人間にはありがたいだろうな。だが、兄さんの仕事は依頼人の我慢が足りなければ失敗になる時もある。毒素に耐えきらず依頼人が死んだらとりはぐるじゃないか。兄さんは前金を受け取れるだろうが、金霊は貸し損にもなるんじゃないか?」

(大丈夫ですよ。小豆さん、あの依頼人の寿命は約五十年、子にも孫にも恵まれ平穏な人生を歩んでいくでしょう)

 と死神がひょっこり出てきてすました顔で言った。

「なるほどね、ここには死神がおったか。それにしても復讐を依頼したわりには金は借りれるし、今後も平穏な人生を歩めるし、いいことばかりだな。その依頼人は」

(そのような価値観は人間それぞれですからねぇ)

 と死神が含み笑いをして、すっとまた闇屋の背中に引っ込んだ。

「金霊は上限なしでなんぼでも貸してくれるらしいしな。金で返済出来んでも、生体エネルギーを差し出せばええんやから、うまく使えば人間のサラ金より便利やろ」

 と闇屋が言った。

「使いすぎて命を縮めるってリスクもあるがね」

「まあご利用は計画的にってやつや」

 と闇屋が言ったので、部屋中の妖がくすくすと笑った。

「金霊も本来なら山奥の古びた寺で眠っていたいんだ。それが開発開発で、静かな山はなくなってしまった。眠りから覚めてしまえばどこへいっても喧噪と光の渦。静かな暗闇はもうどこを探してもない。しょうがなくわしを頼って人間界へ出てきたんだよ。どうせなら人間相手に金貸しでもしたらいい、と助言したのさ」 

「すぐに儲けがでて、笑いが止まらんようになるで、あんたみたいに」

「それが金霊の幸せかどうかは分からないさ。日本の山を捨てて外国にまで行く妖もいるんだよ。ただ山や海や森の中で静かに暮らしたいという願いだけでね」

「まあ、今の人間界にはちょうどええ妖やと思うで。慣れてしまえば人間界もそんな悪いとこちゃうで。なあ?」

 と闇屋が周囲の妖に呼びかけたので、小豆洗の手土産の和菓子やあんこを喰っていた妖たちはぐっとのどを詰まらせた。

(ま、まあ、そうですな)

(うちはあにさんのおる場所がいっとうですわぁ……)

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